真夏に雪を思い理想を求めしこと(歌舞伎刀剣乱舞 東鑑雪魔縁 2025.8.26 南座千穐楽 実朝公に寄せて)
歌舞伎刀剣乱舞の2作目(東鑑雪魔縁、舞競花刀剣男士)が幕を閉じました
新橋演舞場(東京)、博多座(福岡)、南座(京都)の3箇所を巡る2ヶ月の公演でした
大千穐楽は配信を買って拝見しました。
前作(月剣)の千穐楽配信の後は、よかったね、よかったねしか浮かんでこなくなってしまった、と書いたのですが、
今作の大千穐楽配信を観た後は
よぉやりおおせた、よくぞここまでもってきた、という思いになりました
作品全体としては思うこともあったのですが、新橋のときと京都訪問時にだいぶ書いてしまったせいか、なんだか濾しとられてしまい、
いま実朝公のことだけが残っている状態。
それが、この2ヶ月引っかかっていた魚の小骨だったからだったかもしれません。
「実朝公の本心
順に心の鍵をあけ
観客も共に感情の階段を上って拍手がくる
この拍手が来るまで新橋では日数がかかったし
会話が短くなってからは
こちらの気持ちはまだできてないですーとおいて行かれた
ですが千穐楽では到達点に向けた強い思いがみえ最後のピースが嵌った
お見事でした上様」
(X(Twitter)から)
あ……、いまさらではございますが、ネタバレあります。
中盤の大きなポイントである実朝の居室での膝丸とのやりとりについて
初日近くの頃私は、この演目の中で膝丸に課せられたものの重さを思っていました
膝丸が実朝公の真意を引き出さねばならない
しかし、膝丸は刀の付喪神です
そこまでのヒートアップをするわけにいかないのでは?
どうするのだ?
彼らが用意した答えは逆でした
熱い心を自ら明かす実朝
南座の千穐楽、「晴れて天下の将軍と相成るのだ」に至る実朝の語りは大熱演でした
この脚本が生きるためには、実朝が前のめりになり、思いがここまで前に出なければいけなかったのか
千穐楽ではこのピースがはまって、
「そこまでの思い」を知らなかった、「思慮深いお方」であった、という膝丸の感慨が、やっとぴったりきたと思えた
他の人々の場面も良くなりました
手厚くなるべき所が手厚くなり、歌舞伎らしい大仰さが出たと思います。
こういう進化を見ると初日から間もなくで(プロの)劇評が書かれる習慣はもったいない
印刷物にもう載ってるという早さに価値があったのでしょうけど
最後の方を見ての評価だって読みたいものだ
現場には何回か行きました。
新橋で見た中に一度熱い日がありました
上様の大演説に自然に拍手が起きました
そこまで数回見た中で初めてでした
ですが、千穐楽ではまた少し引いた実朝になっていました。一度基本に戻っての記録だったのでしょうか
博多座は見ていないためわかりませんが、京都では、膝丸が、あなたの心に嘘偽りがあるでしょう?と段階を踏んでいく問答部分が削られていました
前に良くなったと書いた「とは申せども」のところがいらなくなった形です。
削るのはやぶさかでないが、結果がまさに短刀直入。もうちょっと、こう、なんか、あるやんな。刀でもさ。
それはさておき私が南座で見た日はフレンドリーな実朝でした
同じ弟の立場にある話し相手を得て、頼家の思い出を話し楽しそうな殿様
近頃にないひとときのなにがおもしろかったのか?のひとつの形でしょうか。
毎日毎日当日の映像を見て松也さんと相談しながら工夫をした旨、歌昇さんインスタに書かれています
試しては戻り、また試しの繰り返しで六十余回の末、おそらくは最もよいと信じた選択を千穐楽にもってきたことでしょう
それまで、膝丸が無礼を詫びる際や、兄に実朝の人物像を語る時の台詞にいまひとつ説得力がないと感じていましたが、
それを解決したのは
実朝公は思慮深いと思うに至るまでの膝丸の芝居ではなくて
実朝自身に確かに深い考えがあると示すことだった
そうか、膝丸が理解したって、お客が確かにそうだね、実朝公にそこまでの深い考えがあったとはねと思えなければだめなんだ。
おそらく、そこが、私の魚の小骨だったのだ。
お芝居のしくみはむずかしいな。
自分に刀剣のバックボーンがないせいもあり見るところが偏ってしまったきらいはありますが、
もう一役の陸奥守吉行でもそこらへんのお客さんを根こそぎバーン!しつつ、中村歌昇ここにありの2ヶ月まことにお疲れ様でした。
南座よかったのですが、舞台装置など切り詰めないといけなくなった部分もあり、少し心の目で補完して見ていました。
新橋が良かったなと思うのは
舞台の大きさを活かした表現で
雪の中八幡宮へ歩みを進める実朝の姿と独吟を噛み締める時間があったところ
そして、階段のスケール。
下手から見た大階段はすごい景色でした
あと、やっぱ宗近、青い桜吹雪を浴びながらすっぽんから出てきてほしい。あれもすごかったもの。
戯曲本の発売は決まったようです。何が入るのかな。
映像が販売されることを期待しますが、いったいいつの公演が素材になるのだろう。
いちばんいいとこを集めてほしいという思いもある。
でもシネマ歌舞伎になると、もう公演そのままを見ることはかなわなくなってしまうのが常で、そこは残念なんだよなー。
各劇場の公演と映像としての編集をしたもの、どちらもみることはかないませんかね。
最後まであがいてあがいてあがいた末のアンサーへの祝福とともに、毎日散ってはまた咲き誇っていた全ての花へのいとおしさと両方入り混じった気持ちです。
※ここまでで書いたものはここ↓
新橋 晩成型? とうかぶ東鑑雪魔縁 新橋振り返り(2025.7 新橋演舞場)
南座(これは感想というよりはメモ)とうかぶ2025 新橋→京都 気づきめも
