雲の上にもこころあるらし(2024年3月歌舞伎座)

三月大歌舞伎
歌舞伎座
2024年3月3日-26日


菅原伝授手習鑑 寺子屋
傾城道成寺
元禄忠臣蔵 御浜御殿


通し狂言 伊勢音頭恋寝刃
六歌仙容彩 喜撰

観劇日3月16日


流行り病の余波で続いていた歌舞伎座の三部制が解かれてから、今月で12ヶ月めとなった。客席降りも、大勢の踊りもできなかったことを思うと、今月のような演目が並ぶのは嬉しい。

御殿の綱引きやら伊勢音頭の踊りやらに女形が沢山必要なので、いつもはとんぼを返っている方々が昼も夜も可愛らしく装っていて珍しい月になった。かと思うと昼も夜も坊主の人達もいて差が激しい。

昼の部

寺子屋

菊之助初役で松王丸。
歌舞伎公演データベースで調べたら、そこにある限りでは菊五郎は松王丸をやってない。千代、千代、千代。松王のできる相手がそれだけいたということだろうけど、一度くらいやっているかと思ってた。
菊之助の松王丸は第一声から低い声を響かせて、ずっと無理しているような気がする。
そういう役である以上に虚勢を張って見える。ニンとは言えない。
しかし父の継承しなかった役をつとめ、六代目と播磨屋の両方を自分の身体を器にして丑之助に伝えるという意思があるのではないかと想像している。
玄蕃は萬太郎。赤いのを萬太郎にひととおり任せてみようシーズンなんだろうか。続くねえ。(なお5月も俣野です。)
もっと睨みのきく憎らしい役なんだろう。よくやっているけどやっぱりかわいい。たぶん本社から来た若いエリート組なんだと言い聞かせてみる。
その玄蕃にコーンと実にいい音ではたかれる涎くりに鷹之資。ここだけ巻き戻してみたくなる。いい組み合わせな気がしてきた(笑)
よだれくりちゃんはもっとアホでもいいよね。
寺子屋のお師匠さん源蔵は愛之助。
いままでの自分のイメージでは真面目な先生が自分の信じる正しいことのために悩んでいる、という風情で寺子屋に帰ってくる感じだった。
愛之助のは企てをするひと、だ。子供らに「役に立たぬ」と言い放ち、小太郎を見てあからさまに機嫌を直す。
新吾の戸浪が話を飲み込んで、それなら女子同士の口先でなんとかしようと言ったあたりで、一瞬で共犯者になった。
夫は妻の覚悟を試したり疑ったりしない。妻もすぐに合力する。一蓮托生の夫婦なのだ。
こちらとしては、この夫婦がなんとか松王を騙しおおせて(おおせたと思い込んで)正義が通ったかのように喜ぶにいたり、いや、他人の子が死んでるじゃん。君らはどういう論理なんだよと、寺子屋を見たことない人みたいな感想になってしまった。
ずっと前に上方のやり方での六段目を見たことがある。様式美で死んでいく勘平ではなく情けない男の死に様だ。
たぶん、この源蔵も綺麗事でない上方のリアルなのだと思う。それゆえに、こちらも大義を棚に上げ、すれすれの人生を普段の感情で見てしまう。
あんなに喜んだ結果が松王の子を犠牲にした末のこととわかった源蔵は、これで良かったはずと思い切れているのだろうか。
どういう松王が居ればこの場が収まるのかわからない。
そのアンサーとして、こんどは愛之助の松王丸が見たいと思う。
愛之助式の源蔵を誰かがやってくれるという条件でだけど。
小太郎役で丑之助。この子特有のゆっくりさとハスキーな声がいつも気になる。微妙に芝居の流れを堰き止めるようで。所作はこの年代のどの子よりも絵になる。早く大人にならないかな。
菅秀才役の子は折れそう。ごはんちゃんと食べてね。
メモ:源蔵の”せまじきものは宮仕え”、はセリフでなく大夫が語っている

傾城道成寺

先代雀右衛門を偲ぶ演目。

“芝雀さん”だった当代がだんだん雀右衛門になって、そろそろ呼ぶときに迷わなくなった。傾城の華やかさを見ると、雀右衛門っぽさというふわふわした概念が”芝雀さん”の上に積もってきたのを感じる。
でもぶっ返って髪が下りると当代の味だなと思う。夜の部のお紺もそうだが弱々しいと見えた女性がキッとした表情を見せる時に現れる強さが好きだ。

化生の女に迫られる出家(目前)の男が松緑なので、達陀を思い出した。夜は夜で坊主だらけだし。
導師尊秀の役で菊五郎。座っていて、祈祷して見得をするくらいの動きで、もし動けていたらどんな振りだったかと想像しながら見た。歯がゆい。
声は出ているから、お元気そうと皆が書いている。でも安心しない。今年はなるべく舞台に立つと菊五郎が言っていたのでなるべく観にいくつもり。
で、手足となって闘う童子に亀三郎、眞秀。
小癪な輩に相応しいサイズでおもしろい。
同じ年恰好の子達が楽屋に集うのは楽しいらしく、ちょいちょい小坊主さんたちの動画がSNSに上がっていた。
ここに新之助も混ざった図が5月には見られるといいのだけど

御浜御殿綱豊卿

今月の寺子屋がお試し配役の段階だとすると、御浜御殿は熟した舞台で、役の合う合わないに気を取られず物語に心が向いた。

幕間のイヤホンガイドがgood jobで、背景がよくわかる。
(ずっと聴いていると芝居がわからなくなるので劇の間は段々と外してしまうのだけど)

綱豊卿は仁左衛門。将軍家御血筋の方。遊んで暮らしている。(←言い方)
前半は御浜遊びでそれぞれキャラの立つ女性たちを見るのが楽しい。
綱豊卿お気に入りのお中臈お喜世に梅枝。町娘のようなうきうきした所があるかというと微妙(正月の梢の時にも思った。)。でも後から出てくる偉いおねえ様方と比べると明らかに世の中を知らず、おぼこい。
ちょっと出てくる意地悪上臈浦尾に萬次郎。この人にしかない味で、にまっとしてしまう。後から新井白石を呼び出す役目を担っている。仕事のできる人なんだな。
助け船を出す江島に孝太郎。これはまだ色々しでかす前のあの絵島ということらしい。今回は味方。こういうのもガイドで知る。政治向きのわかる人に見える。
太刀持ちのお中臈のお古宇=宗之助が凛として良い。久しぶり(冥土のメイドを除き)に女形で見たかも。

綱豊卿は御殿にいながら世のことに目を配っており、持て余す悩みの種類もだいぶ視点が高い。
浅野の家臣らの表向きの悲願である御家再興が成れば、もうひとつの悲願である仇討ちはできない。
自分はこの演目を見るまでこの命題に気づいたことがなかった。
ましてそこに引き裂かれる内蔵助の心も、それを自分と重ねる人物が存在するなども思い至るわけもない。

仕事として遊び呆ける殿様と、その想いもののお喜世と、なんとしても仇討ちしたい兄・富森助右衛門。
七段目を映した鏡だ。
富森は強情で若い。仇討ちを支えにした「無敵の人」のようでもある。
二人の視野の違いやパワーバランスが仁左衛門と幸四郎の歳の差とよく合っている。
圧倒的にものが見え、珍しい生き物を掌で遊ばせているくらいに思われた綱豊が、残酷な手札の存在を示してしまう程度には富森の言葉はチクっとしたということだろう。
白石先生は理解者であり、あなたはいつまで何をしているのかとは言わないものね。

殿様にだって心はある。それが描けるようになったのが昭和なんだな。
その頃は知らず、いまこの役に息を吹き込む仁左衛門がいることは大変しあわせだと思う。

夜の部

伊勢音頭恋寝刃

かいつまんでの通しは最近もかかってるようだが、大々講を含めての通しが歌舞伎座では62年ぶりだそう。
戦後は大々講だけ独立でかかっているような記録もあるので絶えてしまったのはちょっと不思議。
自分は油屋と奥庭のところしか見たことがなく、仲違いの嫌な感じと御乱心なわけで、あまり好きだと思わなかった。
今回通しで見て、なにより貢の主人公らしさがわかったのが収穫。通し狂言らしい息の抜ける所もあって、急に話が明後日の方に展開する歌舞伎あるあるも感じられ、国立劇場にいるような気分になった。(国立劇場がいかにそういう場だったかということよね)
あの十人切りは最後の立ち回りの代わりにあるのかもしれない。
・菊之助の万次郎は。もう1人の主人公くらいの線の強さがある。つついても転ばないと思う
・追っかけ
奴林平(歌昇)の存在感が好き。
客席の通路まで使ってずっと追いかけっこでしんどそうなとこも。
追っかけられるほうの廣太郎にひとりでもたせる場面があるが、歌舞伎らしくない。いくつになったんだっけ?と調べたら30超えてて、え?ってなった。若いからで片付けるには微妙なお年頃。
お子様は声を上げて笑っていた。特に地蔵が受けてた。
・夫婦岩を紹介する貢(幸四郎)が普段観光ガイドなんだなと見えておかしい。
・大々講。貢のおばに高麗蔵。
高麗蔵ってどういう役が合うんだろう?って思ってたのだが、こういうのいいじゃん。
チカラワザでその場をおさめる。
正直正太夫に彦三郎。こんな名前でやりこめられ系悪役。思ったよりイケる。今後は團蔵さんのような役を引き受けていくのかもしれない。
・お紺さんは雀右衛門。貢がもし本当に自分の為に願いを叶えてくれるならどんなにかという、きらきらした想いが見えるよう。
・愛之助が料理人の役。愛之助のこういう役は好きだ。上方にいるのにちゃきちゃきしている。陰で密偵でもやってそう。
・貢、刀見ようよ。

喜撰

松緑と梅枝で喜撰。なんで喜撰?と思ったが、伊勢音頭の通しと合わせてみると宿の客引きのくだりは面白い。あれのことかって思うものね。
所化が出ると劇団勢揃いに近くなる。
大勢の踊りでは誰かが突出することがあるものだけど、今月はそういうことはなく、荒五郎の年季の入った柔らかさと、咲十郎のガンバレなとこが少し目についたくらい。
上手(かみて)、萬太郎、鷹之資、種之助の踊れるおにいさん達の並びが目を奪わないのは、飛び出ないようにしているのかも。
これでシンクロが気持ち良い所までいけばよしだが。
下手(しもて)に眞秀、亀三郎、大晴のお子達。咲ちゃんを挟んでなぜかいちばん端に左近。
彦三郎、亀蔵兄弟が揃うのは嬉しい。やっぱ所化の踊りの楽しみは知ってる顔の多さに左右されるかも。昔、三津五郎で見たときはお師匠様を連れ戻しにちょっと出る人たちみたいに思ってた。今月は後半が本番感あるもん。(ごめん梅ちゃん)

ここのところ、松緑と菊之助が別動になっていて、別にこの二人が組まないのはいいんだけど(問題発言)、その他の方々が当月はどっちに付き合うのかなってのが気になる。
別々の演目があれば出せる人たちも多くなっていいと思っておきますかね。

(2024.3.27 junjun)

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