三箇所で音羽屋詣でなお正月(2024.1)

ここのところ毎年菊五郎劇団の勢揃いした国立劇場で正月を迎えていた。
が、2024年はなにしろ国立劇場がない。
早々に発表になったのは、歌舞伎座で松緑の荒川十太夫再演。
一方で国立劇場のさよなら公演ではロビーに控えめにお正月は新国立劇場で歌舞伎をやる旨の掲示が出ていた。
あら、菊之助と松緑が別々?
やがて松也方面から今年で浅草は最後になるだろうという知らせもきた。
こちらは寧ろ今年も残れるのかいという感想。
ばらばらで寂しいなと感じていたら、松也の卒論(?)は宗五郎だって。
ということで、正月は音羽屋を感じに三箇所へいくことになった。(ひとつにまとめてくれよとも思いつつ)

歌舞伎座

まず歌舞伎座へ。昼だけ。
松竹は昨年後半から書き物路線なのかお正月も踊り(五人三番叟、英獅子)の後は新しめの演目が続く。

荒川十太夫は初演を見ていない。
今回はせっかくの三か月連続忠臣蔵にリーチがかかったので行った。
好き嫌いで言ったら俵星玄蕃が好きだけれど、荒川十太夫は整った演劇で、こっちが好きな人がいるのもわかる。
現代の自分には、墓参で身分を偽ることがそれほどの罪かは実感できないし(だから杉田さんがあれほどしつこく確認するのに違和感がある)、楊枝削りの内職でそれだけの金を貯めることが可能なものかピンとこないが、伝えようとしていることは理屈でわかる。
一方で十太夫の、堀部安兵衛の面目をその場で取り繕うだけでは済まされなかった人となり。これは伝わる。
以前の辰之助(現松緑)が歌舞伎歌舞伎してない演目が上手かったことを思い出した。
お殿様の坂東亀蔵が今月も名君。

狐狸狐狸ばなし
幸四郎が主演。尾上右近が相手のおきわ役で出ている。
役者の個性自体が味わいに大きく影響するのだけど、笑って済ませられない印象の幕切れになった。
初演はどんな喜劇だったのだろうか。
同じ本にこんな解釈もあると見せ方を変えていく西洋の演劇のようだ。

浅草公会堂

次は、浅草歌舞伎。
1部 十種香、源氏店、どんつく
2部 熊谷陣屋、流星、魚屋宗五郎
九人のうち橋之助と莟玉を除く七人が(卒業でなく)一区切りという言い方だそうだ。
それで、どこよりも華やかな代表的演目が並んだ。歌舞伎の興行のイメージってこうだったよね。

ほかも触れたい所だがここは松也について。
昼の部源氏店に蝙蝠安で出ている。
彌十郎に習ったとのこと。そういえば先月一緒だった。
顔の蝙蝠の刺青は青い。
最初に見たときは隼人の与三郎に働きかけ過ぎて自分だけ回転してる感じ。
隼人はまだ習ったとおりの段取りをこなしており応えてくれない。安は耐えられず次々に言葉を継いで空白を埋めてしまう。二人の世界が違う。
2回目は中日頃。前より噛み合ってきたかもしれない。でも帰ろうぜ攻撃がちょっとせかし過ぎかな。
3回目は終わる一週前。隼人がこなれてきて、松也が控えめになりバランスがよくなっていた。会話が成り立つって結構たいへんなのね。
4回目。千穐楽配信。
うわ。全然違う。
テンポをゆっくりに、台詞も少したっぷり目にして歌舞伎味が出てきた。
生々しい下衆味が減った。
声の出し方は、これはこの演目を最初に見たときからだが、吉右衛門のくだけたところに似ている。誰もこれを言ってる人がいないので自分が時代劇ばっかりみてるせいかもしれない。
表情もよく動くから法界坊など良いかと思った。

たばこの扱いが、なんだか目立つので見てしまう。
そういえば昼も夜もお香やたばこの煙が漂う演目が並んだ。

安にしてはいい男過ぎる云々はやがて時が解決するはず。

あとはどんつくの田舎侍。歌昇の太神楽を盛り立てる。成功しても失敗しても楽しい。
(一回パーフェクトを見ました。すげえ)
歌舞伎の世界の住人っていきなり踊れるのやばくない?
田舎侍でも子守りでも大工でも踊るんだもの。

夜は最後の演目が魚屋宗五郎。
宗五郎を初役で松也。演目が発表されたのは菊五郎が国立劇場に出られなかった月で、習えるかな大丈夫かなと心配していた。復帰されてよかった。

松也はここに来るまでえらい遠回りをしたように思う。
しかしここまで待ったのがまた良かったかもしれない。
大きくなって実家に帰ってきたようだよ。

前半の律儀なよい男から、おなぎさんに謝りながら酔っ払いになっていく宗五郎に私の周りの客席のおじょうさん(年齢問わず)達はけらけら笑っていた。たぶん安心して笑える人とやべーなという気分の人に分かれるだろう。
宗五郎が自分に危害が及んだと判断した瞬間におはまをキッと見返す目に一瞬で殺気がよぎる。なんで突きやがった、に繋がる目。
そして髻に手をかける。
殿様もこのスイッチが入ったのだ。誰も止められなかったのだ。紙一重だ。
酒樽をぶん回し家をぶっこわす勢いが恐ろしい。

おはまに裾を持たれて空を駆ける宗五郎の脚が、ちょっとおもたいかな。菊五郎の脚はカラクリのようで祭囃子と相まって先程までの現実から次元の違う世界に入っていくようだったものな。

先日、2年ほど前の配信番組カブメンを何故かCSで放送していて(こういう番組を後から放送に回すことってあるのね)、その中で幸四郎が、世話ものと落語が元になった話はやり方が違うと教わったという話をしていた。
世話物は下座音楽があり音楽的な面がある。対して、落語が元の話は会話で進めていくのだという。
ああ、と思った。自分はそこを区別して見ていなかった。探してたヒントをもらった気分だ。
黒御簾を意識すると宗五郎の芝居は面白い
義太夫が聞こえるようになると丸本がわかるのに少し似ている
この台詞以外の音を聞くのが結構手ごわくて
ヒアリングマラソン的なものがある。
ちょっと聞こえるようになってくるとその月はもう終わりという。

ご参考:これはカブメンじゃなくて別の配信ですが、宗五郎の音楽について。
2024/1/4(木)に浅草公会堂で開催した第12回 歌舞伎をもっと観たくなる長唄三味線の世界『新皿屋舗月雨暈~魚屋宗五郎~』ダイジェスト

配信自体は有料なので、少しだけ。

あと、ご家老様に聞いてもらう述懐の味が深くなるといいな。毎日が面白かったあの頃に一緒に思いを馳せたい。笑い上戸過ぎるんだよね、松也宗五郎。
で、寝てるときがいちばん美男だった。
ままよ三度笠〜の唄も上手すぎで、唄のある演目が見たくなる。

この演目はメイン9人が参加できるように役を割当てたそう。
宗五郎ってそんなに人出る芝居だったっけ?という印象だけど、出るのだった。
全員が持ち場をしっかりまもらないと破綻する。よく回した、グッジョブ。
松也のように子どもの頃から劇団の世話物で育った人達ではないわけで、役をというよりも、この芝居を皆でどうやって組み上げたのかを見てみたい。
お気に入りは種之助の三吉。これは権十郎なんかで観てきた間(ま)とは違うのだけど、歌舞伎をやってきた勘が感じられる。しっくりくる三吉だった。

(千穐楽の配信では、宗五郎がリアルな酔いっぷりを少し抑えて、おなぎさんのおたふくあたりからやっと深酒を感じさせるようになっていた。
おはまは夫の酒乱をよく知っていて、その予感から早い段階で本気で留めに行くようにしていた。それで、機嫌のよい芝居度は減ってしまったが、はじめの頃よりずっと世話な味になり、かつ、おはまも宗五郎も自分の声で芝居している感じが良かった。
あ、配信は今回初のイヤホンガイド解説付きが販売されていました。これはよい試み。)

帰りがけに年明けの地震被災地への募金の呼びかけのために終演後の役者が並んでいた。
魚宗がはけてすぐなので最後の方に出ていた人は拵えのまま。
その前の箱は形状が募金箱というより賽銭箱だった。そりゃあ紙を入れますよね。えらい額になるんじゃないかな。

新国立劇場

さいご。新国立劇場。中劇場。
初めて来た。舞台の幅が狭い。
客席は七列目あたりから段がありとても見やすい。
花道はないので、巡業のように下手通路に簡易的に揚幕がついている。

まず石切梶原。
菊之助が吉右衛門の遺した小道具を借りて臨む。
菊之助、この鬘だと顔が橋蔵に似てるなあ。(動きは似てない。)

私がこの芝居が好きでないのは主に梶原達が大庭俣野の兄弟陣営に貶められ嘲笑される雰囲気のいたたまれなさにある。特に俣野がやな奴じゃないですか。
ところが萬太郎の俣野はあまり嫌な気分にさせない。赤っ面の仕事はきっちり出来てるのに、いいとこの坊ちゃんだと見えて可愛げがある。(ほぼビーマなためやや贔屓目)
一方梶原が試し斬りの後、刀を眺めて惚れ惚れと感心してるさまを見てると、梶原は大庭兄弟など眼中になさそう。
やな奴にやな事を言われてどんよりするあの感じが薄い。
ひとしきり自分語りして刀も手に入れて引っ込んでいく梶原。いままで梶原は立派な主人公で俣野が一方的にやな奴だと思ってたが似たもの同士かもね。上手くてかつ現実感がないのが菊之助っぽいといえばぽい。

上手の大名(体育会?)と下手の大名の人選が面白い。殺陣師は右。(ですよねー。)

2本目は梅枝で葛の葉。
これはよくできたなー。早替わりも面白い。
更に、字が上手いねん。(障子紙四枚組でチャリティーに出ていたとのこと。)
今月はほかの劇場も含め女形大豊作じゃない?
(1/23 萬屋色々襲名の報が入ってきました。
なるほど昨年のさよなら国立劇場で妹背山への参加で準備し、立て続けに時蔵のあたり役を並べて客を納得させての襲名。これは周到ですわ)

最後は勢獅子で、お正月らしく。
これが今月見た芝居の中でいちばんおめでたかった。
松緑と坂東亀蔵が歌舞伎座なので、いままでなら菊之助と松緑が組むだろう所へ彦三郎が入って鳶頭の役。菊彦二人でがっつり踊るのを見るのは初めてかな。個性がだいぶ違うぼうふらだった。
萬太郎、吉太朗も鳶頭。
時蔵、萬次郎、梅枝は芸者。
萬太郎と萬次郎が並んでて太郎次郎で歳逆転が面白かった。
世話役に権十郎、片岡亀蔵。
そして手古舞に小さい方々。
歌舞伎座の五人三番叟も大ちゃんだけ違うわ…と、思わされたし、
どんつくで九人並んでもそれなりに差が見えるのだが、
こんな小さいうちにこんなに差があるのというびっくり人間がひとり混ざっておる。丑之助。
よい役者になるまであと何十年もかかるのでいまの良し悪しはあてにならないが、大きくなってできないことがあるとなんでも小さい頃に踊りをやらなかったせいにされるのでみなさん頑張ってください。

團蔵、楽善は休み。
菊五郎はだいぶ待たせたのち山車に見立てた台での登場。
なんとか立ち姿が見られる工夫がありがたい。
声は元気なんだもの。

最後に出てくる獅子舞がいい。
芸者さんを胡蝶に見立てて牡丹で出来た龍踊りと絡んで、
おや若い鳶の二人がいないぞ。もしかして獅子舞の中味が?いや違ったらぬか喜びじゃんとどきどきさせて、最後やっぱり萬太郎、吉太朗が現れて喝采。いいコンビだわ。
これは浅草のグレイテストカショーマンと是非コラボしてほしい。
上手側で見ていたが萬太郎を見るという意味では、この席は勝利だった
俣野と鳶は上手側。最後の手ぬぐい撒きも上手側。
菊五郎の音頭で客も一緒に手締め。
ああ、初台行ってよかった。
花道はないけどとてもいい巡業だった
……じゃないよ本公演だよ
国立劇場を返してくれよー。

とりあえず歌舞伎座(昼)→浅草→初台の順で観てめでたい気分にはなったので、順番は正解だったかもしれない。
最後が狐狸狐狸だったら、人間なんてららーらーらららこんぴらふねふね、ってなってたかもしれないもんね。

昨年歌舞伎がだいたい正常運行に戻ってから今年にかけて、以前とは座組もサイクルも変わって何も予測がつかないのだけど
劇団を感じさせる興行が年にいくつかは見られることを祈って。

2024.1.28

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