花子ちゃん | 団菊祭 五月大歌舞伎(2000.5)

最終更新日

団菊祭 五月大歌舞伎
歌舞伎座
初日2000.5.3, 千秋楽2000.5.27
観劇2000.5.13(夜の部), 5.19(都鳥幕見)

都鳥

傾城花子実は天狗小僧霧太郎実は吉田松若丸/菊五郎
按摩宵寝の丑市/左団次
男伊達葛飾十右衛門/八十助
吉田梅若丸/菊之助
班女の前/田之助
忍ぶの惣太実は山田六郎/団十郎

花子ちゃん

(花子ちゃん本人は「はなご」と発音してます。「ご」は鼻濁音。惣太は「そうだ」。人物・場面によって「はなこ」「そうた」の場合もあり、なんでだかよくわからん。)

おんなも学校卒業して何年かたってくるとですね、みんなで集まってたりするときに、ふと、「○○ちゃん、その手つきはおばちゃんよっ」みたいな瞬間があったりするわけです。「ヤッダー」ぱーんっ(肩をたたく)、みたいなね。
見かけじゃないんです。おばちゃん、というのはにじみ出るものです。
今月の花子ちゃんを見てて、ふとそんなことを思いました。あの、ほら、「ちゃっかりしたムスメ」と「ちゃっかりしたおばちゃん」ではおのずとニュアンスが、こう、ちがうわけよ。菊五郎さんは、声の調子のせいで、「おばちゃん」というよりは「おばさま」(微妙に違う)という感じですが、まあ、とにかく、この花子ちゃんが惣太さんちに駆け込んできて居座ってしまうそのいきさつが「ちゃっかり」以外のなにものでもないわけ。まずね、このおんな、わけわかりません。
そのわけわかんないところが、菊之助ちゃんだったら、この子いったい何?得体が知れないわ、って感じになるんだろうし、たぶん、時蔵さんとかだったら、ちゃっかりしたムスメ、なんだろうなと思う。しかし、菊五郎さんは、そのばたばたした感じがいかにもちゃっかりしたオバサマ。ああっ、そんなおばさんにだまされちゃってっ、とかいう。(ごめん。ごめんよ。両パパ。)

で、花子実は天狗小僧霧太郎、なのですが、男の霧太郎になるまえに、「お姫」(…と、丑市は呼んでる。風鈴お姫の発想?)という悪女の段階があります。

丑市と偶然出くわして、その場であうんの呼吸で美人局状態にもってゆき、目の見えない惣太を「その身請けの金はどこから出たんだよっ」となじるその場面に来るとアラ不思議。お姫の花子、きりりとなって数歳若返ります。「だますは女郎のあたりまえさあ」

私は、このキャラ、好きで、この女盗賊でもう一本見たいなあ、なんて思っちゃう。

弁天小僧を見てても、あんまりひでえやつだなあとは思わないのですが、この女はひどいやつだねっ。こんな酷いことしても悪いと思ってないもんね。でもいい。

最初に見たときは、惣太のうちを出たあと、盗んだものを入れた駕籠を持ってゆくのに、ええっ、あたしがかつぐのかい?、とかカマトトぶりを発揮して、またちゃっかりおばさん、に戻ってしまってましたが、後に見たときには、さっさと自分で駕籠のところに行って、おめぇかつぐのかい?と丑市に言わせ、「かついだことはないけどね」、で案の定よろっとよろけたりして、なかなかカワイイ。

次に花子さん(お姫ちゃん)が出てくるのは丑市の家で、「新米のおかみさーん」と呼ばれて、髪を結い直したからと手ぬぐいをかぶって登場です。

さっきの、惣太の家に丑市が来たら花子がいた、というときもそうなんだけど、「新しいおかみさん」「新米のおかみさん」というのが、うしろめたさもなくほいほいと言ってのけられます。そんなに出入りの激しかったものなのかね。

で、近所の衆と古女房がわりのお市を追い返した後で、丑市が「お姫…じゃなかった、カシラぁ」。

菊五郎のお姫、しゃんとなって辺りをうかがい、向き直ると、格好は女のまま風情が変わります。そして、第一声でドスのきいた男の声がでると、もう、観客どぉっ。

芝居がかった変身はなく、ただ座って酒を飲むだけですが、わけもなく男になっています。ところが丑市の「酒を飲んでる間女房と思って」、の一言を受けてさらりと女にもどる。この役は、女として普通に芝居する部分が長く、しかも男になったり女になったりをさらさらと繰り返すあたりに、オトコオンナ霧太郎の妙なリアリティーがあります。多分、彼は普段から男女つかいわけをへーきでやってる。弁天みたいに気合いで女になって、戻ったときに、ああせいせいした、ぱたぱた、なんてやったりはしないわけ。

さらにそのあと、丑市を寝せてしまったお姫の霧太郎、たちあがると、手ぬぐいをさっととります。現れるのは若衆。静寂のなか研いでおいた包丁をあんどんの明かりで改め……。

このシーンのなんと締まること。息をのみ、もっともどきんとする瞬間。ああっ、信じてよかった菊五郎っ。みたいな。(なんだそりゃ)

さらにさらに、彼は松若丸であることをあかしたのち、惣太とたちまわり。「何故主(しゅう)に刃向かうか!」のところでは悪党ではなく、大名の若さまになっています。(なぜか、この人は化けるたびに若くなり、このあたりでは、花子より10歳ばかり若くなってるのではないかという風情。ほとんど十代の雰囲気)

事情を聞き、惣太(山田六郎)の介錯をし、涙を拭うと、もう一度悪党に立ち返る松若丸。

黒い着物にきりりと着替え、捕り手をあしらう。もうここまでくると、全員松若丸に惚れてますね。ええもう。ははぁおみそれしましたー状態。

よくまあ、こんな芝居を考えついたもんですが、こんなおもしれー芝居が昭和57年(1982)からかかってないなんていうのも不思議です。

ところで、ここでは花子ちゃんの話をしてきましたが、芝居的には前半が少し長くて単調です。

かつ、最後がすごすぎるので、見た後、最後のことしか覚えてないという副作用があります。

惣太はいったいなんだったんだ…。

はっきりいって、一回見ただけでは、なにがなんやらよくわからない。解説も読んで、もういちど臨んで初めて、この「はなし」の綾が見えてくるという、そういう芝居です。


追:ほんとうはもう一日幕見に行っています。しかし、その日は舞台が非常にぎくしゃくしていて、田之助センセの足も心配、パパ成田屋のセリフも心配、さらにしゃれにならないことに「いまでもおとこに(と言いかけてあわてて)おんなにみえるかえ」と言ってしまうパパ音羽屋っ。…くー。なかったことにしてあげてもいい。(2000.5.23 junjun)


追2:楽の日、前の幕から菊五郎は楽しそうだった。惣太の家から出るところで、おっとっととこけかけ、にこにこわらっていた。

松若丸は、最後の立ち回りの最中、飯を食うのである。(余談:あるサイトに松若丸は無事にご飯を食べられるのでしょうか、と書かれていた。そうくるか。いや、たいていは無事に食べておるようです。)お膳が運ばれてきたときからすでに、うぷぷのていでわらっちゃっている菊五郎。

あらかじめ買ってこさせておいた辛子めんたい。おまんま(…の立ち回り)のおかずに、カワイイカワイイお弟子に食わせてやろうと、彼はそんなことを考えておった。…らしい。
そんな高級な食い物をご褒美にあげるとは、なーんていい人なんでしょう。(んなわけない。)

だが、本人も辛かったらしく、ラスト、首だけ右(向かって右)の方を向いて、あくびのように手のひらをかざし「はーっ」(辛い?)と息を吐いたあと「茶だ」と差し出した茶碗にはまだ白いご飯がたんと残っていたのでありました。

(2000.6.5 junjun)

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