2026年2月に見たもの(歌舞伎座猿若祭など)

最終更新日

諸事情で予定していた日に見られませんでしたが後日根性で予定空けて見ました

歌舞伎座 猿若祭二月大歌舞伎

お江戸みやげ

芝翫の正気なおばちゃん(おゆう)が身につまされます
お友達が自分のお金を自分の裁量で使ってる以上、その人の自由だもの
どんなやばくても、はぇぇ、大丈夫かーみたいに見てるしかない
そういうことはよくある
役者のピンチに大枚はたいてしまう鴈治郎のおばちゃん(お辻)は、もうちょっと恋しててもよかったかな
孝太郎は嫌なおばちゃんになりきらないですね
冷たい人だけど嫌な人とはちょっと違うかな
人気役者大和屋さんは巳之助。将来いずれかのおばちゃんをやるのかなあ。お辻、いいんじゃないかな。
最後の所、婦系図で見た天神様を思い出しました
あれも別れても生きていく女でしたね

ここで、今日は関扉があったなと思い出して、幕間にイヤホンガイドを借りにゆきました、見ただけじゃすべてを通り過ごす自信がある。

鳶奴

8分の踊り。鰹を攫われる奴は松緑。鳶を操る後見は荒五郎。
時間的にあっちゅーまな割に、場面場面がよく思い出せます。松緑のくりくりしたまなこも。
途中で鳶のことはほっといて好きに踊り出すくだりをガイドが、「諦めたのでしょうか」と言ってて笑う。こんな短いのにちゃんと脱線する舞踊あるある。
元々十二ヶ月あるうちの一つだそうで、それでこんな短いのね。

芝居前

中村座の前という見立てで、中村屋兄弟を真ん中に仁左衛門を迎えて猿若祭五十年を祝うてい。(勿論舞鶴の襲名を祝うつもりで決めた演目だろうけど。)
私の見た日は、仁左衛門の呉服屋旦那が台詞完璧でした。口上のような内容でも台詞の方がいいやすいのかもしれない。
黒御簾から”にーざえーもんー”って歌も流れてた気がする。よく聞こえなかったけど前に聞いたことのある丸に二の字のにざえもんーってやつかな。ああいうのは他の役者さんにはあるのかな?
座って動かない役が多かった福助が支えはいるものの立ち上がって芝居していました。
男伊達、女伊達は「たてし」と呼ばれていて、男を建てたり女を建てたりする人達らしいですが、花道に並び自分の出る役の紹介と、自分の屋号と名前をもじった「なんとか屋なになに」の名乗りを言い立てていくんで、扮装をしただけの役者みたいになっています。かっこいいね、かわいいね、名前はなんだろう?当たった、はずれた、なんてのをを楽しむ演目かと思われ。先頭近くの歌昇と萬太郎を眺めていました。名前は忘れたw、多分”はりまや歌昇”てな感じ。

関扉

勘九郎の関兵衛、七之助の小町、8菊五郎の宗貞。
前半、ガイドは聞こえているのに意識が飛びつつ、三人の図式に鴛鴦を思い出したりしつつ。
超歌舞伎の時の鷺娘バージョン関扉は良岑宗貞の弟が身代わりで亡くなったエピソードも取り入れてたんだなーと気づいたりしつつ、初めて筋を認識。筋、あったのか、関扉。
後半はやっぱりあのちっちゃい斧がデカい斧になったんかな、不思議やなって思いつつ、勘九郎はきっとうまいんだろうなと見てました。

陣門組打

勘九郎の熊谷直実、勘太郎の小次郎・敦盛二役。
普段、熊谷陣屋で直実が物語る、我が子小次郎が傷を負い、抱えて戻るさまや、無冠の太夫敦盛との組打を、そのまんまビジュアルで見ることとなる演目。
やっぱ熊谷陣屋を知ってるから見える答え合わせ的な面白さの方が勝るのではないでしょうか。
だって、次のセリフわかるもん。「おおおおぉいいいーぃぃ」ってな。絵があるとこうなるのかと。
(…と思うけど実際、これを先に見てから初めて陣屋を見たという人の体験は実に聞いてみたい。えっ、あの敦盛ってそうなの?、ってなるかね?)
首をなくした敦盛様に直実が自分の母衣を掛け、敦盛の許嫁の玉織姫には敦盛の母衣を掛けてやるその意味は先を知らなければわからないでしょう。
念仏を唱える勘九郎の直実を見ていると、厭世観がありありと出ていて、なんかもう、ここで先のことを決めてたんでしょうね。
吉之丞の平山。平山については熊谷陣屋の物語ではわからない人間性が見える。悪ってわけじゃないけど利己的な人物。そのちょっとやなとこを逆手にとった熊谷親子の策略なんだね。
勘太郎の敦盛は、品はあるが無色。いまの勘太郎くんには悪いけど、大人になって演じるのが見たいほうが勝る。もう少し経ったら違う花が出てくるのではないか。

船へと馬を進める海の中の敦盛と、それを呼び戻す熊谷の遠景は遠見で、遠見の敦盛は秀乃介、遠見の熊谷は種太郎の兄弟。敦盛がとことこと進みながら、ちょちょちょと波に押し戻され、また進んで、ちょちょちょと戻るさまがかわいらし。
たとえばだけど、次の日くらいに陣屋見るのがいいかも。

雨乞狐

もともとは一人で踊るものを、勘九郎、七之助で分け合っての上演。
初っ端は七之助。源九郎の末裔狐が化けた巫女の踊りがなんとも他の人ではこうならんだろうなというおてんばな踊り。
(貧乏神のおビンちゃんに通ずるものが)
雨の降る理由が、その無作法に怒った神様が雷を落としたからだっていう。そういうことか。
他、狐の嫁入りの嫁が七之助。嫁入り行列の歩き方がなんか癖になる。お供狐の筆頭に蔦之助。狐っぽい。
勘九郎は座頭と、柳に飛びつく蛙の場面の小野道風。その後野狐に戻り、セリからぴょーーんと跳び出ての四の切風の楽しい踊りがやはりクライマックスではずせないので、膝が…といってもやらざるを得ないんだろうな。この笑みを見にお客は来るんだもの。

梅ごよみ

芸者仇吉に七之助、米八に時蔵。
米八のキャラが時蔵のニンとはちょっと違う気がして。
生々しい女の嫉妬が噴出、は、いいとして、ひとの羽織を人前で踏みにじるようなのは似合わないなあ。
七之助の仇吉にも米八と違うテイストがあってほしい。
ちょっぴり玉三郎味があるけれど、基本的には同じような美人同士のやり合いに見えてしまう。
あの字とよの字、当たり前に違う個性だと思ってたけどこれまでの配役による所が大きかったのかもしれない。
二人の間をふらふらする色男、丹次郎に隼人。全ての女に悪い顔を見せない、大富豪同心の卯之吉を彷彿とさせる人あたりで、歌舞伎でもこの系統の役は合いそう。
莟玉が丹次郎の許嫁のお蝶役。ちゃっかり(というか正当に)いいとこを持ってく役としては適任。

文楽 通し狂言絵本太功記(二部)

横浜のKAATで、当日席取って入りました。妙心寺から尼ヶ崎まで。もう本能寺は過ぎたところから。
瓜献上の所が見られてよかった
尼ヶ崎の段で十次郎の語りにある、一騎がけでどっかに行ってしまったという四王天が何をしていたのかが分かる段。
(彦山権現の発端が四王天からなのでこの人に興味があったんですが、やっぱ絵本太功記で活躍(?)するからこそ、後続の作品に出てくるんでしょうね。)
それにしても太閤記の秀吉は二枚目すぎる。義経と同じノリ。

尼ヶ崎の所は内容がわかっているのによくはいってこない。どの人形がいま語っているのかがわからないからかな。
太夫の声の出しわけは素晴らしいんだけど、全部一方向から聞こえるので、これは歌舞伎のように舞台から言葉がするのでなく、語りを聞くものと捉え直さないといけんのですね
最近、耳からの情報の重要性に本当に気づきつつあります

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