10の芝居10の場面 (2025年に見たもの)

今年見たもの

今年は三大古典の上演がありましたが全てAプロBプロと分かれてお財布が大変すぎました。
意外と、やり方の違いよりも役者さんの個性の違いで印象が変わるのが面白かったです。(四の切なんかは別ですが。あと、下には挙げてないけど”無筆の出世”は役者の柄で変わるの最たるものではないか。)

しかしながら、沢山の人を見たわりに大ヒットと思ったものがなく、
隣の芝生かもしれませんが歌舞伎座でやらないものの方が面白そうに見えるんですよねー。

10演目選ぼうと思って挙げてみたのですが
よくできていた演目と思い出される場面が違い、
困ったので10個の場面を選んでみるということにしました。
ちなみに最初10演目を選んだ時には裏表忠臣蔵が入ってました。場面を選んでみようとしたときに入れ替わった。あの團十郎の通しシリーズはどの場がというより企画や筋を全部合わせて(お子の発表会的なのはさっ引いて)評価したいものなので、あれはあれで面白かったことを記録しておきます。
あと、場面に御摂勧進帳の、首をちぎっては投げちぎっては投げしてる所を選ぶか迷いました。絵の凄さ的には選びたい。が、あれは、復活上演したときにあれをやった人が偉いのかもなと思って別のを挙げました。

上演順

彦山権現誓助剣 瓢箪棚の立ち回り (1月 新国立劇場)

毛谷村だけじゃなくこんな話だったんだ⁉︎って認識が新たになりすぎる通し上演でした。
お園が鎖鎌で京極内匠(=微塵弾正)と対決ですよ
しかも、京極は実は光秀の子で(だからむっちゃ蛙鳴いてるの)
お園はおそらく秀吉の縁の娘(千鳥の香炉とともに拾われた)で、だから場所は瓢箪棚。同月にやっていた絵本太功記との関連もタイムリー。
こんな所で代理戦争。2人だけで迫力の立ち回り。
また見たい。お園/時蔵、京極/彦三郎の釣り合いも良かった

仮名手本忠臣蔵 十一段目 花水橋引揚 (3月 歌舞伎座)

忠臣蔵はなかなか配役が出なくてやきもきしました。
幸四郎も團十郎もいなくて驚き。この世代のオールスターが揃うかと思っていました。今年の三大名作はそれよりも仁左衛門からの伝承のための意味合いが大きかったのかもしれません。まだお預けでしょうか。
良い場面はいろいろありましたが
Bプロの十一段目花水橋での引き揚げの時に七代目菊五郎の服部が馬で出てきてパッと雰囲気が変わるのと、最後の仁左衛門の大星との別れ際の尊さは、これまでのあれこれが上書きされるようでした。
まあ、菊五郎が動いてるだけで嬉しかったというのもあります。

木挽町のあだ討ち 森田座の楽屋の裏 (4月 歌舞伎座)

ドタバタな11月のショウ・マストを見てたら、同じ芝居小屋のバックヤードものとして、木挽町は面白かったなって思い出してしまったん。(←我ながら酷いと思いますが。)
主人公が転がり込む前の森田座の裏で、役者のほたる/壱太郎と妻平/種之助なんかが日常のいい芝居をしていて、昔の小屋ってこんなかもねと思われました。
三谷かぶきは演劇であることを隠さない演劇でしたが、木挽町には一種のリアリズム(世話ものと言うより新派や映画のようなものを感じた)があり、ありそうなディテールの積み重ねが、あり得ない仇討ちを支えていました。

弁天娘男女白浪 浜松屋 (5月 歌舞伎座)

八代目菊五郎のスタートにあたり、これからの菊五郎劇団の姿が見えるような芝居でした。
團菊祭だもの松也だって團十郎だっていてほしいじゃない?っていう座組。松緑はご馳走枠。いつもの萬ちゃん、いつもの橘太郎。歌六の幸兵衛が場を締める。
日が経って新菊五郎弁天と、松也南郷が噛み合ってきて面白くなりました。帰り道も楽しそうだ。(調子が出るまで時間がかかるんだな)
七代目をなぞっていた以前に比べてだんだん八代目の弁天ができつつあると思います。
自分は普通に七五七五で語る方が好きなのだけど、八代目の好みがそうでないなら仕方ない。
松也はかっこいい系の南郷でここまでかっこいい方に振る人は珍しいかもしれない。
巡業とかでまた見られないかな。
通しの青砥稿花紅彩画もかかるといいな
南座も見たかったです。我慢我慢。

刀剣乱舞東鑑雪魔縁 鶴岡八幡宮大階段の実朝の最期 (7月 新橋演舞場)

降りしきる雪。劇場の上の方まで使った大階段で立ち回りの後の場面。
自分を刺した膝丸をよくやったと褒めて、源氏兄弟の仲の良さを愛で、家族が仲良かった頃に戻りたいと述懐し、母への伝言を髭切に託して、介錯を受ける。
幕の落ちる直前には目前に何かが見えているかのよう。

前作に比べ少し勢いや物語が弱いかな?と思えた本作で、早い時期に化けたのがこの場面でした。
ここで歌昇の実朝が涙を流して熱演を見せており、それが他の芝居の熱ややり方も変えていったように思われます。
感情で芝居していいかについての方向性が見えたというか。

最初に見た時には、実朝と膝丸の問答が最も重要な場面のようだがこれを膝丸が盛り上げるのは役柄的に難しそうだぞと思ったのですが、
次に見た時、階段の実朝公が1人で作品全部の感動を引き受けたくらいの芝居をしていたため、あれ?見損なっていたかな?ここが大事なとこだったのか、って思い直したくらい。
はじめはそのくらい全体的に気持ちの芝居がひかえめで、
他の場面がここに追いつくようなねっとりした変化をするのはもっと後になりました。
問答はもし可能ならもっと熱量の上がる所だったのだろうと今も思います。まだいけたかもしれない。けれど博多、京都では短くなりました。難しい、伝わらないという判断でしょうか。
階段の所はやり過ぎてはまた戻りと、少しずつやり方がかわっていました。
歌昇は割とその時々で試しながら芝居するとこがあるのかな。
私が好きなのは、膝丸の名を呼ぶ時に刀の柄をぽんぽんと叩くようにするパターンで、
それが膝丸の頭をぽんぽんしてあげているようで、優しくて良かった。

新橋の千穐楽では送風機がゴーと鳴る中で客席側から舞台方向へも雪が降ってましたので(なかなか邪魔だった)
持続的な降雪はこの時が一番かもしれません。
階段上から見る雪の景色は美しいのだそうです。この日はすごかっただろな。見てみたいよ。
(なお私がみた今年の瞬間最大降雪量は、裏表忠臣蔵の幕切れ。
ドリフ並みの雪が一瞬に降って、10列目くらいまで、ぶわぁーっと雪崩のように押し寄せてました。)

仮名手本忠臣蔵 二段目 幕切れ (9月 新国立劇場)

二段目、九段目を本蔵を主体に見せるとこんなに良い男になるんだなあ。
二段目を見るのは初めてでした
梅玉の加古川本蔵。
本蔵って、仕事大好きなおとうさんなんですね。
殿様をなだめた後、すぐにてきぱきと周りに指示を出し、進物をそろえて馬を引かせる
御家のためにやるべきことを瞬時に判断し、妻子が止めても決行する。
これが本蔵のいくさだと視覚で納得させるものでした。
かっこいい。

菅原伝授手習鑑 築地(9月 歌舞伎座)

この通しを見たことで、三つ子の神話が自分の中でひとつながりになりました。
対面と同じように儀式っぽく見えていた車引の中で不遇の梅王丸と桜丸の交流の台詞が初めて分かったし、
寺子屋までたどり着いたとき、神話の世界からひとの世界へ移ったような気がして梅王丸は菅丞相のいる世界に留まったけど、松王丸はその威徳の及ばない世界に降りたんだなって思ったり。
築地塀の所でも、梅王丸は結界を出ていけないんですよ
源蔵はそのしばりから逃れている代わりに塀の中へは戻れない
勘当された源蔵と勘当された松王丸が、「無縁」ゆえに自分の手でできることをそれぞれ尽くした姿が寺子屋なんだ。
なんだか今思い出されるのは、その塀の中から菅秀才をこちら側に託す橋之助の梅王丸で、あの希望の受け渡しがあってこその菅原伝授なのかもしれないと思う。
幸四郎、染五郎ともに私の胸に残るのは、なんの後ろ盾も策略もなく身体を張り、小さな命を受け取った筆法伝授の源蔵なのです。
年若い夫婦の命懸けの立ち回り。御台所からいただいた思い出の打掛をねんねこにして菅秀才を背負う戸浪といつくしみの目くばせをする源蔵。やりきれない場面が多いこの狂言のなかで、ぬくもりと光を感じて好きなところでした。

義経千本桜 木の実 権太と小金吾の対峙  (10月 歌舞伎座 Bプロ)

仁左衛門の権太は、出てきた時から企みの気配が満々。愛嬌とワルであることが当たり前のように両立する真似して真似できるとも思えない風情です。
左近の小金吾は、前髪の少年の姿が似つかわしく、奥方と若君の前で武家のプライドを示しながらも、仁左衛門の権太のほうが何枚も上手で、歯噛みするしかないさまに、実年齢からくる説得力がありました。
疑わずにぎりぎりまで浮かべている笑みも左近らしい。
Aプロでは松緑が権太ですので、左近も遠い先には反対側の位置に来るのかも知れず。でも今は想像がつかないなあ。

泥棒と若殿 発端(10、11月 巡業)

泥棒の伝九郎に歌昇、若殿の松平成信は種之助。他の人が出ない二人芝居が多い演目です。
これは場面が選びづらい
全部あってなんぼですもん。全部捨てがたい。
インパクトでは冒頭の出会いの所かな
太腿とふくらはぎがぱんと張った(←書かねばならない)騒々しい泥棒と
白い寝巻でシマエナガみたいにちょこんとした若殿
勝手にひとしきり家探しして大騒ぎした挙句、若殿の身の上を聞くや、芋ひとつ残して、仕事を探しにいっちゃう泥棒。早い。展開が早過ぎる。
翌朝には泥棒がいそいそと立ち働きごはんができてる。
井戸端で上機嫌で歌なんか歌ったりして。
松緑のときはここまでうきうきじゃなかった気がするなー。
歌昇伝九の登場は器用に上手いってわけじゃないんですよ。ちょっと力抜かない?って思う
酒を酌み交わすとこのほうが自然に男友達で話に花が咲いているさまがいい、ような気がする。
けど、全くひとりで何やってるんだろう?ってノブさんと一緒に眺めた思い出はまたいとしい。

丸橋忠弥 召捕り (12月 歌舞伎座)

将来への遺産としてこの立ち回りをいま受け継ぐ人々がいることを意識せざるを得ない上演でした
捕り手達に命を預けての松緑・忠弥のダイブ
忘れないでしょう
お疲れ様でした

よいお年をお迎えください
(2025/12/31 junjun)

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