嵐の勧進帳日記 (2002.5 歌舞伎座 松緑襲名披露)

最終更新日

嵐の勧進帳日記

2002.5 歌舞伎座 松緑襲名披露
嵐というのは四代目松緑の本名。

5.13 勧進帳を幕見。

辰之助改め松緑で弁慶。富樫に菊五郎、義経が富十郎のやや意表をつく配役。
松緑は、いつもの「辰之助」よりも低い声を出している。
勧進帳を読み始めるところの間(ま)の長さに「おや」と感じる。そして、富樫との間合いにも。忍び寄ってくる富樫に、さっと弁慶が体を返すところ、富樫との距離が遠い。物理的にも心情的にも遠いように思う。十分に間合いがつまっていないのを、辰・松緑くんはいつもの気合いで「覇っ!!」とどうにかしようとする。いや、気合いを入れてもなあ…。
さらに山伏問答でも互いに詰め寄ってゆくようなスリルに欠ける。松緑は菊五郎を相手によくやっているとは思うけれど、菊五郎は松緑の上を飛び越えないように「見守る気分」なのかとも思う。やはりこの辺は力の拮抗した二人で見るのが面白い。

やりとりの中では、義経を打ち殺そうとする弁慶をとどめるところの富樫。そこまで、松緑一人が空転していたのに、菊五郎のうわずった二言三言で一瞬にして舞台が近くなりくっきりとする。そこはもう、切り取って額縁に入れたいくらいの芝居である。

富十郎の義経はあたりまえのように存在。何でもできる人だなあ。

弁慶ラストの延年の舞は大きな舞である。
ここは、体を存分に大きく見せ、たっぷりと、ダイナミックに舞う。これがまだ何度も、何年も見られるのかと思うとうれしい。(2002.5.15)

(15日)勧進帳幕見

山伏問答。 しょっぱなの
富樫「山伏はいかめしき姿にて…」の問いに
弁慶「それすなわち九字真言の○○にして(失念)臨兵闘者皆陳列在前の九字なり。まさに切らんとする時は、正しく立って歯を叩く事……(少なくともこの辺はやってた。)」
どわぁー、最初なのに一気に最後の問答までいくかーー。しかし……
弁慶「日月清明(ここで正しい台詞にたてなおす)…」
うぉー。よかったー。冷や汗かいた。
#というわけで、この日は九字真言の切り方講義は2回あったのであります。
菊五郎は顔色も変えない。(変えてもわかんないけど。)

この日はオペラグラスをもっていたので、富十郎義経をじっくり観察。ほんわりとしていてちゃんと義経ですごいのぅ。
唄はよくわかんないんだが、全員の節回しがぴったり三味線と同じだったところがわりとあった。あまり同じすぎるのも洋楽のようだなあ。そういえば、松緑が勧進帳を読むときも、音の高低を歌として体得しているのではないかと思ったりした。

(19日)昼・千本桜(川連法眼館)

きっちりしたまじめな忠信。子供のような源九郎狐。
親に死に別れたことを物語る段では、皆が嵐本人の身の上と重ね合わせるであろう。反則だぁ。
加えて、親鼓に帰れと言われべそをかく様子のなんとかわゆらしいことか。いつものおじさん連中(すみません)だといい年しておっかさんでもねーだろうよという違和感を感じてしまうが、この狐は一人で泣く泣く帰る道でとうとう耐えきれずにわぁわぁ泣いてしまう少年なのだ。これを呼び戻さずにおられようか。
あちこちで跳びはねるところなどは、なにしろ若いのでなんの心配もなく見られて良い。
狐言葉は割合普通の言葉に近かった。

京人形
左甚五郎が魂込めて作った人形が動き出す前半の所作事と、甚五郎がかくまっていた姫君を脱出させる後半に立ち回りがついて、つながりがぜんぜんわけさっぱりな芝居。
音羽屋親子にて。菊之助・京人形でかいっす。菊五郎、軽々とやってます。
田之助さんの足が心配。

(20日)どうでもよい話

松緑がアエラの表紙になっている。よく撮れてます。
出張帰りの本屋で別の本を買うためにレジにならんだら、足下に平積みの「辰」(まだ辰だよなあ)。1ページしかインタビューがない(それも月並み)のを知っていて手を出してしまう。レジの前のお菓子か。(苦笑)

(25日)昼夜

対面
新之助が休演のため、曾我五郎/團十郎、曾我十郎/菊之助という年齢逆転配役。
工藤役の三津五郎がはまっている。團十郎・菊之助はさほど年齢差を感じさせない。が、はちきれんばかりの五郎を十郎が制するという緊迫感には欠ける。
菊之助の目はいつもまっすぐ前を向いている。手の位置も少し低め。菊五郎が十郎のときには、ここで、目で制し、手で制し、顔を小さく振って「ならぬ」というふりまでしていたことを思う。團十郎の五郎は、本気を出せばこの制止を振り切れるはずだ。だが芝居の都合上越えてはゆけない。本気の出し惜しみに見えてしまう。

素襖落
前回は国立劇場で「二人新兵衛」のときに、やはり富十郎、時蔵で拝見。
時蔵さんは、いつもながら姫御寮の衣装が似合う。
富十郎さんは、はきはきと現代的にしゃべる。
そして、酔っていても踊り出すときっちり。

千本桜
團十郎の義経。合ってるのかどうかよくわからないけど、別にけなす点もないです。雀右衛門の静御前。お疲れさまです。
で、忠信。声がかすれてきている。心配じゃー。

京人形
この日の方が菊五郎がしっかりやっていた気がした。

舌出し三番叟
爆睡。

口上
パス。

勧進帳
前回まででおおかた諦め(ひでー)がついていたので、冷静に鑑賞。
ものすごく目が疲れたが、なんとか最後まで…六法の前まで集中して持ちこたえた。
ちなみに六法の前までというのがなんでかというと、後ろの方のおばちゃんが変なタイミングで「よんだいめ、がんばれー」って。がっくりー。
ずっと見ていて思ったのは、ノット、勧進帳、山伏問答……とひとつひとつの山を越えるごとに、流れがふっと切れてしまうこと。心理的に「暗転」になる。だが舞台は明るいままだ。観客は自分の緊張を自分で保ち続けなければならない。
この日はその「暗転」がすこし解消されていたのかもしれない。しかし、それは六法の前までだったんだなー。
暗転は松緑だけのせいじゃない。富樫も、四天王も、番卒も、連帯責任。
すっかり緊張の糸が切れた歌舞伎座で、辰之助…ではない、松緑は、富樫に礼をした後、客席をすうっとうち見やるようにして、向き直り、揚げ幕を見据え引っ込んでいった。

半七捕物帳
初日は芝居がのびちゃってずいぶんまずかったらしい。
月末のこなれてからの鑑賞で正解。
花道に雪布。三千歳/直侍の趣向。
團十郎が半七と按摩・徳寿の二役。
子分庄太役の十蔵がよい味を出している。新之助休演による配役変更だが、結果上出来。
誰が袖という花魁が時蔵さん。酒乱で気鬱の花魁。これが、男が通ってこないイライラ、来たか?、なーんだ按摩か、えっ今度はホントに若旦那?うきうき…といった女心の動きを演じて、妙に的確。
三津五郎の若旦那とのじゃらじゃらからだんだん機嫌を損ねて喧嘩になって、終いに泣いてしまうところなんか、リアルで滑稽で(いいねえ、このコンビ)、傍らで場の雰囲気を読みもせずにしゃべり続ける團十郎の元から浮いてる感じと相まって、ぴったりと意図どおりの芝居になっている感じ。
花魁が妹(松也)を無碍にいじめるのがなぜなのか、が、観客だけが知っているひとつのおぼろげなヒントになるのだが、これについてはあまり活かされていたとは言えない。
ほかの見所は、これでもかと何杯も出てくる蕎麦。(美味いのかなあ。)
#それと、ものすごい婆さんコンビ。
ラストは、半七が謎解きをし、そこへ子分庄太が調子よく割り込んでくる。捕物帳にふさわしい幕切れ。
うちの妹曰く「古畑任三郎でした」。

27日(千穐楽)

泣いても笑ってもこれが最後。
三番叟に間に合わなかったので、ロビーでモニターを見ていた。
豆粒のような三津五郎のおどりのなめらかさ。もったいないけど、今日の席、花外の前から2番目の内側なのよねー。のこのこ入っていって、立ったり座ったりしてたら睨まれるので我慢。

口上
本来なら、雀右衛門が千穐楽のお礼とともに来月の案内をするのだろう、が、その分はすっかり田之助が引き受けていた。
初日のフォローは、新聞で大きく報道されていたが、前々日も、田之助は雀右衛門がしゃべっているときに小さく「違う違う」というように首を振ったりしていたので、結構大変な一ヶ月だったのかもしれない。お二人ともお疲れさま。

勧進帳
勧進帳のぞき見の妙な型と間も、いちいち納得してから次の質問をくりだす慎重な「面接官」富樫も、変わらないままだった。少々「暗転」してしまうところも。
結局最初におかしく思ったところはおかしいままだけれども、少しずつ間が詰まって芝居が持続するようになったのではないだろうか。
花外前方だと、弁慶は後ろ姿が多くて富樫がよく見える。
富樫が中啓を投げ、さっと立って刀に手を掛けた瞬間が、この芝居で通常以上の意味を持っているのを、今日ははっきり感じた。
「ジェットコースター」が下りに入る瞬間である。これより前のリズムが停滞しがちなので、ここで劇的に転換出来なかったら芝居が死んだままになる。
義経を打擲する弁慶との必死の問答に菊五郎のエネルギーが注がれる。
この後富樫は退出してしまうが、ここで気持ちを揺さぶられることが、その先の芝居が回る原動力になるのだ。
富樫の決意に打たれ涙を浮かべたまま、弁慶が泣き、判官が手をさしのべるのを見てご覧なさい。
魔法のように素晴らしい芝居じゃないか。(騙されてる)
そのあとはもう、松緑の手に入った芝居だ。任せればいい。
幕が引かれた後、松緑は舞台に一礼し、客席に向き直って、深く頭をさげた。
3年前の彼を包んだのは、間違いなく、よくやった、よくやりおおせたという賞賛の拍手の嵐だった。会場が割れんばかりであった。
今の彼にも同じように拍手が注がれる。それは、がんばれ、もっと大きくなれという期待の声である。

半七捕物帳
團十郎が、25日よりノッていて、台詞も滞らずよい出来。
綺麗に終了。よい気分。


いつもの年なら、菊五郎月間になるのだが、今年はまことに勧進帳月間であった。
疲れたーー。来月は蘭平と船弁慶。


以下おまけ。もっと前の弁慶について

弁慶

勧進帳

世にもわかりやすい弁慶

辰之助の弁慶。三之助の勧進帳をちょっといっぱい見てしまった気がしていつどこで見たか思い出せない。どこだっけ?御園座かな。1999年か。
勧進帳と言うと、ストーリーと段取りはわかっているので、何をやっていて何を言っているのかもわかっていて、その熱気もすごいものがありますが、セリフが聞こえないんです。物理的に聞こえないんじゃなくて呪文を聞いてるようなの。
富樫「(つめよって)□▼○×●?!」弁慶「(負けずに)○×△◆▽」
本人たちは白熱しているようなのだが、こっちには何が争点なのかよくわからなかったり。
ところが、このときの辰之助の弁慶は違ったのだ。
すげー。わかるー。
「字幕のない外国映画を見ていてすんなりセリフが理解できたときには  本当に感動しました。ありがとう○○(←英語教材の名前)。」 みたいな心地。
多分辰之助丈、なにかつかんだのですよ。借りたものではない、辰之助の弁慶。
できれば、今後、変にわかりにくくなることがないよう、希望します。

シェアする