柿葺落四月大歌舞伎 第二部 弁天娘女男白浪、忍夜恋曲者 (2013年歌舞伎座)
2013年 初日 4/2, 楽4/28

歌舞伎座柿葺落。4/12。三部制の第二部。

弁天娘女男白浪
浜松屋、稲瀬川、滑川まで。
冒頭、狼(染めの上がりを聞きにくる役)を市蔵がやっている。滑川の場があるからか?菊十郎の声がないと寂しいな。
鳶頭は幸四郎。何言ってるかわからん。あんまり怒る気もなく、低めに手ぬぐいを放って退出。もうちょっとテンションあげれ。
弁天は菊五郎、南郷は左団次。駄右衛門は吉右衛門。
左団次と吉右衛門の台詞が少し怪しい。
弁天のテンポは昔のようには早くない。しかし、時代にたっぷりやっているわけではない。あっさり、急がず、だ。
緋鹿子を混ぜるところは、出すのも、混ぜるのも、ほとんどわからないようにやっている。
男と言われても、はっと驚くだけ。「えっ」という声がない。(これは珍しい) 「なんで私を」の所は女の声。
みあらわされて、南郷と会話のあるところや、花道での坊主持ちは楽しそうにカラッと雑談している感じだ。
ふと、歌舞伎かどうかわからなくなる、テレビ時代劇みたいな、ぎりぎりの世話。
オヤジの弁天は、以前の歌舞伎座のときの、行く末を暗示させるような翳りとは違う。今を楽しんでいる感じがする。
男になってからが若い。世話なせいか、以前よりもできあがったいなせな男という雰囲気が減った。24,5のにーちゃんに見える。
あと何度おやぢの弁天が見られるんだろう。どんな風に変わるんだろう。
あ、そうそう。今回も、南郷の尻に彫り物がない。

今月は滑川の屋根のところがある。
山門は装置を見せるのに最適だ。
菊五郎の長い立ち回り自体を久々に見た。
脚が上がらないし、遅いし、これはもうたまらんなあ、と思う。
もう立ち腹だけでもいいや。
絡む三階さんが、世代交代して、やや発展途上だ。
いつもの人たちは、浜松屋でセリフをもらっている。
一方で若い子がとんぼの着地でよろめいている。辰巳なら、って思ってしまう。どうしても。

忍夜恋曲者
玉三郎の滝夜叉。松緑の光圀。
玉三郎がスッポンから上がってきて、ろうそくの面明かりで踊る。地面から浮いているかのよう。
この玉三郎と松緑が、フィルムの玉三郎にビデオの松緑を合成したみたいというか、極細の万年筆と太マジックみたいというか、質感の差が甚だしい。異世界だ。
松緑は上手になった。もう私が知っていた辰之助からずいぶんたつから当たり前なんだが、やわらかさがある。
昔、八十助(三津五郎)の踊りを見て、上手いなあって思ったような、体力と熟練との釣り合いがとれた地点にさしかかりつつあるのかと思う。
けど、眠くなっちゃった頃に、ハッ、と気合いを入れて起こしてくれるのは変わらない。(笑)
松緑の大きな目は、玉三郎を見つめ続ける。若い勇者が、老練な傾城の手管の前に、正体を見極める心と、目が離せなくなるさまと。
松緑が異世界に取り込まれてしまうのかどうか、はらはらする。
だが、滝夜叉が赤い旗を取り落とすとき、玉三郎が歌舞伎という下界におりてくる。
交わらなかった二人の世界が初めて同じ次元になる。ここからは歌舞伎。どれだけ玉さんがカブキカブキしてくれるかにおもしろさがかかっている。
最後の廃墟となった御殿と、滝夜叉と蝦蟇と光圀の錦絵のような止め絵もいい。拾いものだ。

2010.10 日生劇場(合邦、達陀)

日生劇場
初日:2010年12月2日
千穐楽:2010年12月25日
観劇日:2010年12月19日(日)

  通し狂言
一、摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)
  序幕 住吉神社境内の場
  二幕目 高安館の場
  同庭先の場
  三幕目 天王寺万代池の場
  大詰 合邦庵室の場
  
  玉手御前 菊之助
  羽曳野 時蔵
  奴入平 松緑
  次郎丸 亀三郎
  俊徳丸 梅枝
  浅香姫 右近
  桟図書 権十郎
  高安左衛門 團蔵
  おとく 東蔵
  合邦道心 菊五郎

平城遷都1300年記念
二、春をよぶ二月堂お水取り
  達陀(だったん)
僧集慶  松緑
堂童子  亀寿
練行衆  亀三郎  松也  梅枝  萬太郎  巳之助  右近
青衣の女人  時蔵

達陀
 僧集慶:松緑、青衣の女人:時蔵

※日生劇場公式WEBサイトから 上演時間
『摂州合邦辻』
序幕・二幕:1時間7分
 休 憩:25分
三  幕 :31分
 休 憩:10分
大  詰 :1時間22分
 休 憩:20分
『達 陀』:45分
---------------------------------------
合  計 :4時間43分


摂州合邦辻と達陀の組み合わせで、菊五郎劇団の持ちものを次代に伝える組み合わせと言えよう。
本日は、公演後にぴあ主催の菊之助のトークショーがあった。たまたま抽選で当たったのでそれも聞かせていただいた。

合邦は、通し。(一部カットされている)
歌舞伎の伏線は先が予想でき、ああやはりそうなった、というものも多くあるが、この話は、ブラックボックスになっており、最後の最後の最後になるまでからくりがわからない。
このため、前半の玉手御前の芝居の意味を初見でくみ取るのは非常に難しいと思う。
隠すと書きづらいので、筋を知っているものとして書かせていただく。
トークショーで、インタビュアーの中井美穂がだいぶつっこんだ質問をしていたのでところどころそれも交えながら筋を追うことにする。(文中 (菊) はトークで菊之助が語ったこと。)
 
序幕。後妻の玉手は継子で嫡子の俊徳丸とともに代参に行き俊徳丸に恋を打ち明ける。杯を与え、夫婦の杯のつもりであるという。しかしその酒には仕掛けがある。
 (菊)"片方に傾けると、もう片方は出ないというようなとっくりがあったのをとりいれたらしい"
ここの玉手の本心はよくわからない。表面的には、俊徳丸に恋慕し袖にされる様を演じているようではある。しかし、眉がない真っ白の顔で、理解できない言葉を語っている、という感じを受ける。宇宙人みたい、である。
酒のくだりの後、俊徳丸にはなにか異変が起こったようにみえる。玉手は気丈にとりつくろって館に帰る。
この場ではまた、妾腹の次郎丸に家督を継がせようとする企てのあることが語られ、次の高安館の場につながってゆく。そこで偽勅使が現れるのである。
俊徳丸はこの時点で業病を得ており、家を出てしまう。偽勅使はこれを口実に次郎丸に家督を継がせようと企てるが未遂に終わる。
この場面はやや軽く終わっている感がある。お父さん(高安/團蔵)がなかなか落ち着いているので事なきを得ているが、実は家の一大事であって、玉手の行動の裏付けになるところ。もう少し重くてもいい。
ここについてのトーク
(聞き手)"玉手は(酒を飲ませた時点で)俊徳丸が出て行くことがわかっているのか、探し出すという自信はあるのか?"
(菊)"自信は... な い でしょう。でも物語ですから探し出せるとは思いますけど"
でも探し出せなければ、俊徳丸は助からないのだ。
この口実がわからないと、次の場で是非にも俊徳丸を追いかけようとする気持ちはわかりづらい。
庭先の場。部屋の中、真っ赤な着物の玉手。外は雪。玉手を理で押しとどめようとする羽曳野。これは不在にしている家老の妻である。
逆上する玉手は短刀を抜き、羽曳野は傘で応戦する。雪灯籠の雪を投げ掛け合い一通りの立ち回りあって、ついに傘で羽曳野の胸を突き、玉手は花道を出て行く。印象深い場面である。
プログラム(今回、日生劇場なので筋書きや番付ではなく「プログラム」。)に時蔵が書いていたのでわかったが、玉手は、元々は羽曳野の下にいた女性であり、それが後室におさまったので、あの手厳しい関係になるのである。ここの時蔵はいい。世話女房なんかの愚痴だときつくて冷たくなりがちなのが、ここでは生きている。
また、菊之助はトークショーで、雪の中での立ち回りは型どおりにやることで対立構造が浮き出てくる、そこでは気持ちを表に出さずに、七三(といって言い直し)...花道で気持ちをはじめて現すと語っていた。

変わって、天王寺万代池の場。
合邦が焔魔堂建立のための勧進に回っている。やがて参詣の衆と踊る。
庵室の場だけだと、がんこなおじいさんなのだけど、この場では、気さくで頼りになる人柄が現れている。
しかも次郎丸を池に放り投げてしまうほどの手練れだ。(元は武家という来歴は次の場で語られる。)
菊之助が今月を称して、庵室だけのときは、毒酒も、お家騒動も「想像」だった。と述べていたが、合邦についてもそうだろう。この場があると、合邦の役は家にこもっているだけのおじいさんではなくなる。菊五郎によく合う。
さて、この寺に、弱法師とはやし立てられていた盲人がいると聞いて奴入平が俊徳丸を探しに来る。
松緑は奴(やっこ)がよく似合う。
同じく、浅香姫が探しにやってくる。浅香姫は序幕にも少し出ていて、顔を見たことがない許婿の俊徳丸にわざわざ会いに来ている。
そして今度は行方の知れない俊徳丸を独りで捜して歩いているのである。(中世くらいの姫であればやるかもしれない。)
俊徳丸は身分を隠そうとするが、結局、姫と入平にみやぶられる。俊徳丸の梅枝は、序幕を含めこの若者の悲運をよく演じていると思う。あたふたとなりそうなところを発散しないようにまとめている。
そこにこれまた俊徳を捜索していた次郎丸の狼藉があって、先に書いた合邦の働きで池に。
姫は、合邦のひいていた車に俊徳丸を乗せて、渾身の力でひく。小栗判官の見立てである。
このなかなか引けないというあたりの描写はよくできていた。右近...岡村研祐のほう、まぎらわしいから早く別の襲名するといいと思う。

そして、いつもの庵室になる。
以前に菊五郎の濃いのを見てるので、前半薄味でわかりにくいと思った。
あちらからも惚れてもらうつもり、のあたりなど突然にやーとして不気味な感じ。
ほかも、何をやっているかよくわからない。奴入平とのやりとりのあたりで、ようやく芝居風になってくる。
刺された後はまあまあである。ここに全ての芝居が集中しており、一気に展開する。最期は母らしい、あたたかく満足げな表情で死んでいた。
菊五郎のときはむしろ、無になって清らかな真っ白な印象を受けた。


菊之助は「今月は」という。トークの中で、何度もその言葉を強調した。
前回がある。前回は團菊祭で庵室のみを演じている。
そのときは、娘から、恋する女、母と変化する様、特に恋を意識したという。
「今月は」序幕からあり、先に書いた「想像でしかなかった」、毒酒の場面があり、実際に高安の殿様も出てくる。後室である自分の立場やお家騒動を意識せざるを得ない。
しかし、中井が、自分になぞらえると本当に相手の方が応えてしまったらということを考えると怖い、というと、菊之助は「今月は」という限定付きで(その先へ)「いってしまいたい」気持ちが強いのだという。
今月は、には、「また変わるでしょうけど」という意味も含まれている。
菊之助はこの本を「意地が悪い」といった。お家大事なのか本当に恋なのか、考えているうちに「ループする」のだそうだ。

2002.6 歌舞伎座 松緑襲名

新世代アンサンブル

2002.6 歌舞伎座 松緑襲名
松緑襲名公演二ヶ月目を迎える。
前月休演の新之助が復帰したかわりに、菊五郎が昼の部当面休演、代役菊之助の報。
気管支炎とのこと。前月の勧進帳のなんともいえないつっこみの甘さ、待ちに入る富樫はその不調から来るものだったのか。菊五郎が休むなどよほどのことなので、気に掛かりつつ。
文中、辰之助も松緑もまぜこぜに出現しています。両方とも嵐サンのことです。単に気分です。

「吉例顔見世大歌舞伎」

歌舞伎座
2000年 初日11.1, 楽 11.25
昼の部 11:00-
梶原平三誉石切,鴛鴦襖恋睦,沓手鳥弧城落月,乗合船惠方萬歳
夜の部 16:30-
ひらかな盛衰記,忍夜恋曲者,らくだ

2000.11.11 歌舞伎座
#この文章は、まささんのWebサイトに寄稿したものに加筆・修正しました。

らくだ

駱駝の馬太郎(変な名前だ。演ずるは団蔵)が河豚にあたって死んでしまい、友達の遊び人半次が形ばかりのお弔い。そこへ屑屋の久六が通りかかる。久さんは駱駝とはまんざら知らぬ仲でもない。 半次は気の弱そうな久六に、大家から弔い金をとってこい、ことわったら死体にかんかんのうを踊らせると脅せ、と差し向けるが、大家はくせ者。だが、そこでひきさがる半次じゃない。ほんとに駱駝を久六に背負わせ、大家宅へGO。まんまと酒と煮染めをせしめて駱駝宅で酒盛り。ところが酒が入った久六は......というような芝居。

第三十六回吉例見世

御園座
初日 2000.10.1 楽 1000.10.25
観劇日 2000.10.7
※この文章はまささんの御意見版に寄稿したものに加筆したものです。


今年の御園座顔見世は、華やかで、あれもこれもと楽しい、 幕の内弁当のような演目がそろいました。 昼夜通し。1日見ると最初に見た演目を忘れてしまいます。 (^_^;;) しかも、どの順番でやったかなんて、昼夜記憶がごちゃ混ぜ。


1998.3 国立劇場。
新之助さんの弁天小僧に、男寅さんの南郷。
面白いコンビでした。
男とばれてから、弁天と南郷が二人で勝手にあれこれあれこれやりとりしてるのを店の衆が唖然と見ているというシーン。これが独特。
まるで電車の中で、まわりのことなどなにも気にせずケータイの取りっこをしながらふざけあっている高校男子生徒のよう。(髪は染めて、ピアス、で、制服のズボンはずっと下げてる、というような。)ちゃらちゃらちゃらちゃらしていて落ち着きません。
おめーら、回りのこと考えろよ、少しは静かにしろや、と言いたくなるようなやつら。いるでしょ。
その「自分たちの世界」ぶりは、歌舞伎らしくないみょーにリアルな感触でした。
ところで、弁天が額の傷をあてつけながら、「おぼえてろよ」、と悪態をつくところがありますが、ここの新ちゃんはすごくこわい。目がぎろっ。キッ。
こぇーよ新ちゃん。マジだよ。
おぼえてろと念を押さずともぜったい忘れないでしょう。
(2000.6.6)

祭 五月大歌舞伎

歌舞伎座
初日2000.5.3, 千秋楽2000.5.27
観劇2000.5.13(夜の部), 5.19(都鳥幕見)

都鳥

傾城花子実は天狗小僧霧太郎実は吉田松若丸/菊五郎
按摩宵寝の丑市/左団次
男伊達葛飾十右衛門/八十助
吉田梅若丸/菊之助
班女の前/田之助
忍ぶの惣太実は山田六郎/団十郎

花子ちゃん

(花子ちゃん本人は「はなご」と発音してます。「ご」は鼻濁音。惣太は「そうだ」。人物・場面によって「はなこ」「そうた」の場合もあり、なんでだかよくわからん。)