新世代アンサンブル

2002.6 歌舞伎座 松緑襲名
松緑襲名公演二ヶ月目を迎える。
前月休演の新之助が復帰したかわりに、菊五郎が昼の部当面休演、代役菊之助の報。
気管支炎とのこと。前月の勧進帳のなんともいえないつっこみの甘さ、待ちに入る富樫はその不調から来るものだったのか。菊五郎が休むなどよほどのことなので、気に掛かりつつ。
文中、辰之助も松緑もまぜこぜに出現しています。両方とも嵐サンのことです。単に気分です。
昼の部
君が代松竹梅
松の君/菊之助、竹の君/新之助、梅の姫/芝雀
御所桜堀川夜討〜弁慶上使〜
武蔵坊弁慶/吉右衛門、卿の君・娘しのぶ/扇雀、おわさ/鴈治郎、侍従太郎/歌昇、花の井/芝雀
其小唄夢廓
白井権八/團十郎、小紫/玉三郎、検使米津隼人/家橘、茶屋女房お吉/吉之丞、副使大塚治太夫/右之助
倭仮名在原系図〜蘭平物狂
奴蘭平実は伴義雄/辰之助改め松緑、在原行平/芝翫、一子繁蔵/岡村研佑、水無瀬御前/魁春、与茂作実は大江音人/菊之助(10日まで)・菊五郎(11日から)、妻おりく実は妻明石/雀右衛門

夜の部
鬼次拍子舞
山樵実は長田太郎/新之助、白拍子実は松の前/菊之助
口上
幹部出演
船弁慶
静御前・平知盛の霊/辰之助改め松緑、源義経/玉三郎、 舟子岩作/菊之助、舟子浪蔵/新之助、舟長三保太夫/吉右衛門、武蔵坊弁慶/團十郎、 駿河次郎/亀蔵、伊勢三郎/十蔵、片岡八郎/家橘、亀井六郎/友右衛門
新皿屋舗雨暈 魚屋宗五郎
宗五郎/菊五郎、女房おはま/田之助、磯部主計之助/辰之助改め松緑、召使おなぎ/芝雀、菊茶屋女将おみつ/萬次郎、菊茶屋娘おしげ/松也、父太兵衛/松助、小奴三吉/正之助、浦戸十左衛門/團蔵


君が代松竹梅(8日, 22日)
新之助、菊之助、芝雀。新・菊が平安貴族、芝雀が十二単でなにやらめでたい踊りらしいがあっという間に終わる。
8日:
新・菊が同じような振りで踊るので、違いが目立つ。
新之助ははっきりと大きな男らしい踊り。菊之助はそれに比べると振りがちまちましているように見える。
22日:
一階は列中央右寄りというポジションからの鑑賞。こんな前からだとぜんぜん踊りがつかめなーい。
装束について、ふと、新之助は光源氏で着慣れているが、菊之助は紫の上だったから同じ物を着てないんだと思いつく。すると、皺の寄らない動きをする新之助は一日の長、なの?

弁慶上使(8日, 22日)
義経の妻の首を渡せという鎌倉殿の難題を持って弁慶がやってくる。奉公人のしのぶが似ているというので身代わりにたてることになるが、母のおわさが、昔の恋と娘の出生の秘密を明かし、まだ見ぬ父に会わせるまでは死なせられぬと言う。その父とは…てな芝居。義太夫。

8日:
これが昼夜通していちばん歌舞伎らしい奇譚。たっぷり見たという感覚。
おっかさんだったおわさが、昔の恋を思い出し、突然娘に戻るきもちわるさ……いえ、鴈治郎の変化ぶりの面白さ。泣かぬ弁慶に振り袖、娘。前月から弁慶出っぱなしなのだが、そのサイドストーリーと考えると心に落とす印象が深くなってくる。
超めずらしいことにイヤホンガイドを借りた。
弁慶は自分が着ていた振り袖のわけを話すときに突然話をすり替えてしまう、というような解説がされている。ちょと説明不足かと思う。主筋の人を殺さずに自分の娘を殺して忠を立てられたのは、おわさ(娘の母)との出会いと自分の母の手になる振り袖とそして自分自身が親であるという巡り合わせのすべてがあってのこと。
22日:
特に印象の変化は無し。もうあれで完成に近かったのだろう。扇雀のしのぶサンの人形浄瑠璃のような動きが綺麗。泣かせるお嬢さんでいいと思うけど、ちょっとでかいっていうか、ごついっていうかなのに時々心づいておよよと思う。

権上(8日,22日,23日)
鈴ヶ森に引き立てられてくる白井権八。廓を抜けて会いに来る小紫。
多分清元にのせて「絵」を楽しむ演目だと思います。
8日:
これは、「上」だけ見てもなんだかな。夢オチだし。
今月の團十郎は文句なく綺麗だと思う。
引き回されているところに押し立てた罪状の文章とすっかり同じ文章を役人(家橘)が読むんで、ああ、ああいう道具もいい加減にはつくれないなあ、などと感心。
22日:
近くで見ると、小紫が権八にすがりつく様子はわりときわどい感じ。玉三郎は女だなあ。
23日:
蘭平を座ってみようと(笑)、外で待ってるくらいなら一幕見てしまおうということで見る。
延寿さんって、どっから声出してるんだろう。

蘭平物狂(8日,15日,22日,23日)
刃物を見るとたちまち乱心する難病のやっこさん蘭平。乱心っていうか…踊るっていうか。
だが周囲を欺いているはずの蘭平が、実はさらに大きな計略の罠にはまっているという皮肉。
三十人を超える人数で長時間上下左右すべて使っての大立ち回りは何の理屈も差し挟ませない、が、
親子の情まで利用される幕切れにはなんとなく苦い思いが残る。
8日:
松緑の蘭平。前半の奴さん。くせ者を捕らえにいった息子繁蔵(研佑)の行方を案じて、花道のあたりで気もそぞろになっている様子は、前回(初役時)そのフットワークがへんてこでとても気になっていた。今回はさほどでもなくなった。また、ぐっと父親らしくなったのは特筆すべきところ。前回はどう見ても子供と子供だった。今回は兄弟のような親子という風情。首を取ってかえってきた繁蔵と顔を見合わせ、目配せして、にやっとする表情が、小さな友達を一人前に相手にするようで面白い。三月の疾風のごとくのときにも、升酒を片手に、菊之助相手にこんな顔を見せていた。研佑くんは小さいながらも将来有望というところを地でいっている。いっちょまえに、という言葉が似合う。
菊之助は今回おやじの代役で大江音人役。
蘭平とのバランスもよく、しっかり出来ていて安心。
後半は、三十人を超える捕り手と蘭平の立ち回り。三階さんが、音のしないトンボの連続。返り越しと呼ばれる何人もの人間を飛び越える技や、素早い棒捌きや(これは新七)、心待ちにした「劇団の立ち回り」を見せてくれる。松緑自身はめいっぱいの気迫ではなく周りをいなすようなテンションから始め、はしごを終え最後に近づいてから上り調子に激しさを増してくる。
最後に、おりくの正体も明かされるが、おりくは、前回菊之助で見たときには、この場面で何もかも知って素知らぬ顔で蘭平を騙していた意地の悪い女に見えたものだ。今回の雀右衛門はそう思わせない。不思議。
15日:
幕見。立ち見。蘭平が踊っているあたりから。
菊五郎が復活している。ぼちぼち普通だが、最後の名乗りのあたりで声に不安がある。
驚きは、相手が菊五郎になって、蘭平とのやりとりが恐ろしく歌舞伎になってしまったことだ。
菊之助の音人だって、きっちりやっていて立派だったのに、鉛筆が毛筆になったほどの差を感じる。
蘭平(松緑)の台詞のたっぷりさが菊五郎を前にすると異様にしっくりきてしまう。
立ち回りは、あいかわらず粛々とシステマティックによくやっている。詳しい人がいっぱい書いてるから細かくはいいでしょう。
蘭平が顔の傷を気にするところの効果。このあたりからの悲壮感は結構鍵。今回傷は右顔。
繁蔵を捜す声がほかのところと違っていて、力みがなく下から響いてくるような低いよい声である。四代目松緑というまだ見ぬ役者の声が生まれている。この声がほかでも出たならきっとよい。
「繁蔵」と深く響き、「やぁぁーーーい」で元の辰之助の声が見える。ああ、辰之助はまだとおくに行っていない。手の届くところにいると思えてわがままな安堵感。
22日:
一階は列にて。
蘭平の兄弟名乗りの場面がさらにぴたーっと息が合って、えも言われぬことになっております。(ニセモノなのに。)この息が先月の勧進帳にあったなら、と今更。再演に期待。
タテ。蘭平が花道の方にいってしまってそこでぶっ返ってから梯子になるので、幕見だと梯子の上に見えたときにはすでにぶっ返っている、ということになってしまうのだが、この日はそのあたりの段取りはばっちり見えた。
刀があちらこちらに行くのが、六段目の財布のよう。(ちょっとスケールがだいぶ違うけど。)傷を洗うときに、踏んでる刀、取られちゃったら踏んでる意味無いなあ…なんてどうでもいいことを考えたり。
棒の立ち回りをやってる人が新七から誰ぞに変わっている…よね。名前知らない人だ。誰や?
二丁返りの辰巳くんはひどく余裕。あんまり余裕ありすぎるとかえってコワい。
立ち回りが終わると、音人の名乗りを聴き、繁蔵が出てくるのを聴きながら松緑が荒い息をしているのがみえる。今月は「がんばってー」の声がかからない。だって、これ以上がんばれないの、誰でもわかるもの。
23日:
幕見
蘭平の踊りが、やっとよくわかる位置からの鑑賞となる。歌詞を聞き逃すまじと、耳をそばだてながら踊りを見ていたら、発想がころころとんで妙な踊りだ。踊りってそんなものかもしれないが。
馬の手綱を曳く様子なんかは上からの方がそれらしく見える。姉さんかぶりも上手だ。余談だけど、こないだ菊五郎が襲名の時の弁天小僧を見たらほっかむりが下手だったぁー。なんか辰っちゃんが偉く見えるよ。余談終わり。思うんだけどやっぱ松緑は女の振りをしても女にならない。男でもない。(静のときにやはりそう思う。)踊りがまずいわけじゃないけど、男が女の踊りで踊るという面白みは出ていないようにおもう。
操り人形は、向かって左側(踊り手右側)がじょうず。
タテ等。昨日できていたことは今日も出来ている。(その安定が先月にはなかったのだ。)

鬼次拍子舞(8日,22日)
新之助、菊之助。女が男の持ってる笛を色仕掛けで奪おうとする踊りらしい。
8日:引き続き踊り対策のためイヤホンガイドを借りるが、解説が物語風。前に五段目の解説をしてくれてた女の人は振りの意味を的確に説明してくれたのになあ。
22日:睡魔の餌食。完全に眠っていないものの、ただ見てるだけになってた。鳴神を思い出す。

口上(8日,22日)
とくになんということもなく。
先月の方が松緑(二代目)に世話になった人がいたのだろうか。
我當など涙を流さんばかりだったのに。今月はあっけない。
大谷友右衛門が親戚としての口上。どういう系図になるんだろう?

船弁慶(8日, 14日, 22日)
松羽目もの。静を追い返したら知盛にたたられたーー、という芝居。(ん?)
8日:
静御前が出てきたとたんに、こっちがフリーズ。声を聴いてさらにフリーズ。
辰之助の顔だけど女だと言い聞かせたところに声が辰之助。これをどう情報処理しろと言うのか。すごく困る。
静の踊りを見ながら、松緑が役者であることをわすれる。性別もなく、役もなく、これは踊り手である。
子方のつもりで演じている義経役の玉三郎とあいまって、男とか女とかが非常に曖昧になる気分。
静が踊っていると秋のあたりでいつもどおりに睡魔が。
後シテは、こんな感じなんだろうと思うけど、もう少しいけるんじゃないかという気もおぼろげながらする。
弁慶の法力にたじろいでゆく様子などもう少し出せないか。
引っ込みはいつもながら上々。今月の松緑はよく回る。
舟子として出ている新・菊は、菊の方が吉右衛門との動きがよく合っている。先に君が代松竹梅のところで書いた「まっすぐ」具合が新之助の踊りをぎこちなくしている。
四天王は、誰がやっても…という感じ。これしか出ない人、つまらなかろう。
14日:
幕見。船弁慶の幕見ってつまらないということを凄く実感。これは花道がみえないとだめだぁ。知盛の霊が義経に詰め寄り、ダンっと足を鳴らす音の迫力のみで我慢する。
22日:
隈が変。変。ぜったい変。四季のライオンキングにああいう感じの動物いない?(そこまで言うか。)

魚屋宗五郎(5日, 8日, 14日, 18日, 22日)
妾に差し出した妹が不義密通で手討ちになったという。
だが真相を聞けば話が違う。酒乱の宗五郎は断っていた酒を飲み、勢いに任せて屋敷に乗り込んでゆく。
5日:
座のバランスに疑問。菊五郎の親父が松助ではちょっと若すぎる。正之助はばたばたしすぎる印象。ここのところ菊十郎が名前のある役によくついているが悪目立ちしている気がする。
菊五郎それほど不調でなく安堵との噂があるが、声の不調はたしかに上手く隠しているけど、芝居はこんなもんじゃあないはず。先月の富樫と同様受け答えに不安がある。
「たぶさを取って引き回し」の後、菊五郎が「それじゃ、あの、殿様がたぶさを!」と、受ける部分、以前はここが怒り爆発ポイントだったため、はずされてがっかり。松助さんと世間話してるんじゃないんだからー。ここをはずすと「一杯ついでくれ!」につながらない。
そのかわり、磯部邸の玄関先での述懐は、じんとしみいるようだった。
お玄関を掃いている使用人達の台詞のテンポが速くて、ちとびっくり。
8日:
松助の違和感はやや軽減。
イヤホンガイドが下座の妙をいやに何度も解説する。いらねえいらねえ。うるさかったんで結局はずしてしまった。あの箱(菊茶屋のおかみさんが持ってきたもの)なんだろう?と思っていたのがお線香の箱だとわかったのは収穫。
磯部玄関のところが、5日よりもさらっと流されている。せっかくいいと思ったのに。
14日:
菊五郎、11日より昼の部復帰。本格復調の兆し。受け答えに弾みが戻ってきている。一発押したら、ぱーんと勢いで一座が密に回るこの感じ。
腹から出る声でうれしいが、ちょっと時代過ぎるやも。
「おれが酔ったら暴れるのを今知ったか」と言っていた。わー、説明くさー。その調子で磯部の屋敷へ乗り込んで、なんとなーく侍じみた魚屋になっている。昼間の役に引きずられているか。
18日:
菊五郎の喉がおかしい。いつもならたっぷり言うところを、テレビの芝居のように口先で言っているところが目立つし、周りの芝居を待って自分の台詞に入っている。そのかわり、周囲がフォローするように非常に丁寧な芝居をしているようにみえる。示し合わせて何か変えた?と思うくらい。
三吉役の正之助がしっかりと地に着いた感じになった。(親方は)禁酒だから酒を買ったら気が悪かろうの台詞など、以前は自分の言ったことにきまりが悪そうな雰囲気をさせていたが、親方を気遣ってしんみりするような口調になっていた。
おなぎさんの名調子も熱を増している。
おはまさんがひっくり返ると、膝のサポーターが見えて痛々しい。梅雨の時期は辛いそうだ。
磯部の玄関から庭先へ盆が回るときにセットの内部にいつも見えている人影がちょんまげをつけてるので誰だろうと思っていたのだが、磯部の殿様だった。松緑がほほえんでいるのが見えた。あはは。
P.S. この日、大向こううるさくて最悪。
19日:
声復調。昨日のは冷たい雨のせいかな。本日はからりと晴れた。
今月の宗五郎は、見るたびにかなりの印象の違いがある。一座のアンサンブルは日を追うにつれ間違いなく結束を固めているのだが、やはり菊五郎の調子如何というところのある芝居なのだろう。
ひまなので(?)宗五郎の後ろで常に動いている宗五郎内の人々を観察する。
おはまさんは、おとっつぁんが出てくると、部屋から座布団をもってくる。宗五郎にお茶。さらにはお酒。こぼした酒を拭った手ぬぐいを火鉢で乾かす。(細かいー)。
「矢でも鉄砲でも持ってきやがれ」と目が据わった宗五郎に気づくと、宗五郎と一緒にすーっと後ろから立ち上がりかけ、宗五郎に取りすがり、懸命の説得に入る。この呼吸の妙。
三吉は、什器係とおぼしく、前半お茶汲みや片づけで忙しい。後で「立って茶ぁ出す奴があるか」と叱られるのだが、冒頭から茶屋のおかみさんと娘にしっかり立って茶ぁ出している。宗五郎がいたらここでも叱られている計算。
宗五郎が飲み干して「いっぺえ注いでくれ」となる湯飲みの茶も三吉が入れている。火鉢の鉄瓶から急須に湯を注ぎ、茶碗に注ぎ、茶碗の底を手ぬぐいでぬぐうと、おはまに渡す。おはまは手ぬぐいの上に受け取って、宗五郎へ、となる。
おもしろいのはおなぎさんで、この人は何も仕事はしていないのだけれど、周りの様子を常に気遣っていて、宗五郎の一挙手一投足にちゃんと反応している。もう、ずーーーっとはらはらしどおし。芝雀がやっていることでほかの人の3倍くらい災難度が増していると思われる。
22日:
好調好調。もういっぺえついでくれよぅ、の厚かましさが自然になってきた。
このところ幕見だったので宗五郎の出の「きっちゃんじゃあございませんか」(いつもながら変な台詞)のところや、宗五郎が酒樽振り上げて出ていくところ、おはまさんが追いかけてゆくところが見えずに悔しい思いだった。この日はばっちりさー。
松也くんが膝を深く折っていて感心。ご愁傷なのに笑ったように見える化粧は要工夫。
ここまで来てもなお気に入らないのは、宗五郎が樽から酒を飲み干してしまうくだりで、「凄い力なんだよー」と引きはがそうとする三吉が、ぜーんぜんはがそうとしてるようにみえないこと。宗五郎「かけつけ三杯」の台詞がいつもすんなり出ない様。
それと、磯部の殿様がいかにも出てくるだけに終わること。
昼夜でパワーを使い果たした後にこの役では、おまけ扱いになっても仕方がないけれど、 ちょっと粗相をして、舌を出して「ごめん」て感じ。家来の言いなりになる飾り物の殿様のよう。
この癇癖の殿様は、やりようによっては松緑にぴったりの役だと思う。現にあの「家光」を彼はやってのけたじゃないか。(やな殿様だったなあ、あれ。) 人物を掴んでさえいれば決して置物でいるような人ではないよ。松緑は。


で、結局、千穐楽とか行けなかったんでこれで6月はおしまい。
もれ承ったところによれば、立ち回りも、宗五郎も千穐楽らしく幕をとじたようでした。

この月、周りの三十人に支えられた立ち回りの蘭平には一種の安定感を感じました。25日間いつ見に行っても大丈夫。そういうものを。
松緑本人はおそらくぎりぎりのところでがんばっているのでしょう。しかし、この芝居は先月の勧進帳のような松緑一人のがんばりを他は見守るしかないという図式ではない。全員がそれぞれの持ち場を護りながら、さらに芝居が成り立ってゆくように実によく管理されている。それに支えられる松緑。梯子の上の蘭平は象徴的な姿といえるでしょう。さあ、あと一ヶ月。

もう一つ熱心にウォッチングしていたのは魚屋宗五郎。
こちらは乱調気味で、それゆえに通ってしまったというのが正直なところです。
しかし回復したとなったら、あとは早い。ぴたーっとした安定を取り戻しました。
菊五郎のまわりを固める布陣も少しずつ役柄の世代交代をしてきています。團蔵や松助の位置に違和感がないではありませんが、この先十年の菊五郎劇団の姿のひな形がおそらくこの芝居にはあるのでしょう。

で、自分には、松緑がこのアンサンブルの中のどんな位置に来るのか、まだ見えてきません。
菊之助や、亀三郎・亀寿や松也に比べ、松緑にはこの中にとけ込まない独特の何かがあるような気がしてならないのです。

そうそう。田之助さんが国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定されました。

(2002.6.29)


いつものように妹のところへ寄せた文章も載せておきます。

<君が代松竹梅>
13分踊って幕間が20分。
踊ったり休んだりどーしてくれるの。(by 宗五郎)

新之助さんは腕をわりあいまっすぐにうごかしていて あの平安装束がきれいにみえました。光源氏で慣れているせい?
後の舟弁慶での踊りを見たときにはこのへんの特徴が逆にぎこちなさにみえ、菊 之助さんのほうがしなやかだなと思えて、なかなか面白かったです。

<弁慶上使>
すべてが親の恩で結ばれているという因果ぁな話で、弁慶ものすごー勝手。
しかし、話といい配役といい、ある意味今月もっとも危なげなく芝居らしい幕だ と思いました。鴈治郎さんがいつものように鼻をすすりつつ(…ごめん)大熱 演。吉右衛門・弁慶が、振り袖を現すところは何とも気恥ずかしく。
おわささんは芝居の中で存分に嘆きの言いぐさを言わせてもらっているものの、 侍従太郎の奥方は夫が自決しても誰にも文句が言えない。その上弁慶を追おうと するおわさをとどめる。その辺、この人も辛かろうと思いました。芝雀さんで す。今月結構活躍。

<其小唄夢廓>
團十郎さんが綺麗だ、と。とりあえずそういう感想の演目。
玉さんはあれだけしかでてこなくてなんかもったいないですねえ。
仲の町のところでの、太鼓持ちさんの衣装の色など、まさに絵のようでした。

<蘭平>
メインエベントですね。
立ち回りがすごいのはもちろんですが、 踊りも、歌詞が聞こえるとかなりのおもしろさです。とりとめなく発想が発散し てゆくの。乱心のフリといいつつあれだけ踊ってしまう蘭平という男は、実は単 なる踊り好きにちがいない。もちょっと楽しそうに踊ってくれるとなお良いな。
新・松緑さんの蘭平は前回より父親らしさを増したと思いました。
手傷を負いながら繁蔵を呼ばわりつつ捜すところでは、普段と声音の響きが違 い、少し驚きました。
先月の弁慶の声に言及していた劇評は数々あったと思いますが、私は、今月のこ の声の方に打たれました。「繁蔵」と深く響いて「やーーーい」で元の「辰之 助」の声がかいま見える。(多分、もう2ヶ月目で声が一杯一杯だと思うんだけ ど、「繁蔵」のところにはそれが見えず、「やーーい」で見えるということもあ る。)松緑と辰之助の狭間を行き来するような象徴的なものを感じていました。
あとね、敵の首をあげてきた繁蔵の研佑くんと顔を見交わして、にやっとする蘭 平の表情がとてもいい。ここの蘭平はいい男です。息子を一人前に認めて男同士 の了解。「疾風のごとく」のときに菊之助さん相手ににやっと笑ったときのこと を思い出しました。
雀右衛門さんのおりく。前回は行平側が正体と計略を明かすときに、蘭平を陥れ た悪者にみえた覚えがあるのですが、今回は「どちらが悪者」という図式をあま り思い描きませんでした。特におりくさんはぜんぜんいい方に見えたなあ。あま り本質が変わったように見えなかったんだね。

復活の菊五郎さんは、もう心配なさそうかな。
蘭平との兄弟名乗りは、ぴたりと息のあった、かつ非常に歌舞伎らしい、気持ち のいい場面になっていたと思います。すばらしすぎて、弟(役)だということを忘 れます。(笑)
立ち回りについては、粛々と進んでゆく熱い立ち回りにただ拍手を送るばかりで す。見知った顔も新しい顔もあったようです。よく知った名の人が重要ポイント に配置されていると誇らしいような気分になりますね。どうか無事に千穐楽を。

<鬼次拍子舞> これは幕見の列がすごかったようです。
どうも話がよくわからんですが、なんとなく菊之助にたぶらかされかかる新之助 が「うふふ」だと。まあそんな感じでしょうか。(ぜんぜんわかんねーよ。その 感想。)
たしかにこの季節に紅葉の山は違和感がありますねえ。
顔見世くらいの時期がちょうどよさそう。

<口上>
ごくまじめでした。先月よりもさらーーーっと。

<舟弁慶> 静の声は、これはしょうがないんだろうなあー。うんー。
前、菊五郎さんのときも「あーらーー、声がーー…」と思った覚えがある。
でーもー、後シテの隈って、松緑さん新発明してませんかー??と 思ってしまったー。なんか見たことない隈だった気がするー。
いや、静の顔も見たことない顔だったけど。ごほごほ。
静の踊りには性別を感じませんでした。男という感じでもないですね。
うつむいて無言でいたりするようなところはちょびっと女だったかも。
知盛の霊になってからは、もうお任せーです。くるくるひっこみもすばらしい。 もう一回戻ってきてほしいくらい。
ただし弁慶(團十郎)の法力にたじろいでしまうというところは絵的に少しわか りにくかったです。
義経は玉三郎さん。あんまりなさそうな取り合わせで。

<魚屋宗五郎> 菊五郎さんは復調したと思っていいんでしょうねえ。この声と酔いッぷりなら。 主役は宗五郎なんだけど、いつでもその場にいる全員が、完全に芝居をやめるこ とはなく、常になにかしら動いているという、世話物のおもしろさを再確認しま した。
三吉(正之助)は、とにかくお茶と湯飲みの管理に忙しい。(あと酒樽)
おはまさん(田之助)は、義妹を思って泣き、おとっつあんの肩をもみ、お客さ んを気遣い、お酒もつぎ、ダンナにやきもきし、手ぬぐいを乾かし。ほんとにあ れこれと気をつけないとならない女房。
さらに、宗五郎の酔いが回るのを、皆がそれぞれずっと気遣っている様子。
とくに酔って目が据わった宗五郎(「矢でも鉄砲でも」の後)の様子になにか感 づいて、おはまさんがすうっと連動して動いてゆき、ばっと取りすがるところな ど阿吽ですねえ。もちろん宗五郎の着物をとらえてずるずる引きずられてゆく様 子もおかしいし、前掛けを家に投げ込んで花道を追いかけてゆくりりしさもよい のですが、最初から最後までの細かないろいろも見れば見るほど発見があります ね。

今回、おなぎさんが注目株です。芝雀さん名調子で「たぁぶぅさぁをーとってぇ ひぃきぃまぁわぁしぃぃぃーーー」。これがないと宗五郎の怒りに火がつきませ んもんね。其の後、もう、ずーーーっとすまなそうにかしこまっていて、宗五郎 がなにか怒鳴るたびに、端の方でびくぅっっとして。意見をするんですけど、2 拍子前くらいから一大決心へ向かうのが分かるの。それで意見したらオタフク呼 ばわりされて、また固まっちゃう。災難な感じが芝雀さんにぴったり。(??) 松助さんは老け役で、なんだかー。松助さんの若い役もっと見たいですよー。
磯部の屋敷の玄関の場。どーでもいいことかもしれないが、お玄関を掃いてる若 い衆の話のテンポが速い。なんかいつもの具合と違うかも。
團蔵さんは若い家老という風情でかっこいいです。宗五郎の述懐はもっとしんみ りさせてもいいかなあ。菊五郎さんだとこんな感じかなあ。
最後に磯部の殿様で新松緑さんが出ますが、疲れてるのに大丈夫ー??と心配し てしまいます。後ろの席から「若殿様だねえ」の声。確かに、若殿様。 あと、宗五郎、これからは禁酒だ、じゃなくて、毎日ちぃとずつやるよ、とか何 とかぬかしてました。小ネタ小ネタ。


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Last modified: Sun Jun 30 02:00:34 2002