2010.10 日生劇場(合邦、達陀)

日生劇場
初日:2010年12月2日
千穐楽:2010年12月25日
観劇日:2010年12月19日(日)

  通し狂言
一、摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)
  序幕 住吉神社境内の場
  二幕目 高安館の場
  同庭先の場
  三幕目 天王寺万代池の場
  大詰 合邦庵室の場
  
  玉手御前 菊之助
  羽曳野 時蔵
  奴入平 松緑
  次郎丸 亀三郎
  俊徳丸 梅枝
  浅香姫 右近
  桟図書 権十郎
  高安左衛門 團蔵
  おとく 東蔵
  合邦道心 菊五郎

平城遷都1300年記念
二、春をよぶ二月堂お水取り
  達陀(だったん)
僧集慶  松緑
堂童子  亀寿
練行衆  亀三郎  松也  梅枝  萬太郎  巳之助  右近
青衣の女人  時蔵

達陀
 僧集慶:松緑、青衣の女人:時蔵

※日生劇場公式WEBサイトから 上演時間
『摂州合邦辻』
序幕・二幕:1時間7分
 休 憩:25分
三  幕 :31分
 休 憩:10分
大  詰 :1時間22分
 休 憩:20分
『達 陀』:45分
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合  計 :4時間43分


摂州合邦辻と達陀の組み合わせで、菊五郎劇団の持ちものを次代に伝える組み合わせと言えよう。
本日は、公演後にぴあ主催の菊之助のトークショーがあった。たまたま抽選で当たったのでそれも聞かせていただいた。

合邦は、通し。(一部カットされている)
歌舞伎の伏線は先が予想でき、ああやはりそうなった、というものも多くあるが、この話は、ブラックボックスになっており、最後の最後の最後になるまでからくりがわからない。
このため、前半の玉手御前の芝居の意味を初見でくみ取るのは非常に難しいと思う。
隠すと書きづらいので、筋を知っているものとして書かせていただく。
トークショーで、インタビュアーの中井美穂がだいぶつっこんだ質問をしていたのでところどころそれも交えながら筋を追うことにする。(文中 (菊) はトークで菊之助が語ったこと。)
 
序幕。後妻の玉手は継子で嫡子の俊徳丸とともに代参に行き俊徳丸に恋を打ち明ける。杯を与え、夫婦の杯のつもりであるという。しかしその酒には仕掛けがある。
 (菊)"片方に傾けると、もう片方は出ないというようなとっくりがあったのをとりいれたらしい"
ここの玉手の本心はよくわからない。表面的には、俊徳丸に恋慕し袖にされる様を演じているようではある。しかし、眉がない真っ白の顔で、理解できない言葉を語っている、という感じを受ける。宇宙人みたい、である。
酒のくだりの後、俊徳丸にはなにか異変が起こったようにみえる。玉手は気丈にとりつくろって館に帰る。
この場ではまた、妾腹の次郎丸に家督を継がせようとする企てのあることが語られ、次の高安館の場につながってゆく。そこで偽勅使が現れるのである。
俊徳丸はこの時点で業病を得ており、家を出てしまう。偽勅使はこれを口実に次郎丸に家督を継がせようと企てるが未遂に終わる。
この場面はやや軽く終わっている感がある。お父さん(高安/團蔵)がなかなか落ち着いているので事なきを得ているが、実は家の一大事であって、玉手の行動の裏付けになるところ。もう少し重くてもいい。
ここについてのトーク
(聞き手)"玉手は(酒を飲ませた時点で)俊徳丸が出て行くことがわかっているのか、探し出すという自信はあるのか?"
(菊)"自信は... な い でしょう。でも物語ですから探し出せるとは思いますけど"
でも探し出せなければ、俊徳丸は助からないのだ。
この口実がわからないと、次の場で是非にも俊徳丸を追いかけようとする気持ちはわかりづらい。
庭先の場。部屋の中、真っ赤な着物の玉手。外は雪。玉手を理で押しとどめようとする羽曳野。これは不在にしている家老の妻である。
逆上する玉手は短刀を抜き、羽曳野は傘で応戦する。雪灯籠の雪を投げ掛け合い一通りの立ち回りあって、ついに傘で羽曳野の胸を突き、玉手は花道を出て行く。印象深い場面である。
プログラム(今回、日生劇場なので筋書きや番付ではなく「プログラム」。)に時蔵が書いていたのでわかったが、玉手は、元々は羽曳野の下にいた女性であり、それが後室におさまったので、あの手厳しい関係になるのである。ここの時蔵はいい。世話女房なんかの愚痴だときつくて冷たくなりがちなのが、ここでは生きている。
また、菊之助はトークショーで、雪の中での立ち回りは型どおりにやることで対立構造が浮き出てくる、そこでは気持ちを表に出さずに、七三(といって言い直し)...花道で気持ちをはじめて現すと語っていた。

変わって、天王寺万代池の場。
合邦が焔魔堂建立のための勧進に回っている。やがて参詣の衆と踊る。
庵室の場だけだと、がんこなおじいさんなのだけど、この場では、気さくで頼りになる人柄が現れている。
しかも次郎丸を池に放り投げてしまうほどの手練れだ。(元は武家という来歴は次の場で語られる。)
菊之助が今月を称して、庵室だけのときは、毒酒も、お家騒動も「想像」だった。と述べていたが、合邦についてもそうだろう。この場があると、合邦の役は家にこもっているだけのおじいさんではなくなる。菊五郎によく合う。
さて、この寺に、弱法師とはやし立てられていた盲人がいると聞いて奴入平が俊徳丸を探しに来る。
松緑は奴(やっこ)がよく似合う。
同じく、浅香姫が探しにやってくる。浅香姫は序幕にも少し出ていて、顔を見たことがない許婿の俊徳丸にわざわざ会いに来ている。
そして今度は行方の知れない俊徳丸を独りで捜して歩いているのである。(中世くらいの姫であればやるかもしれない。)
俊徳丸は身分を隠そうとするが、結局、姫と入平にみやぶられる。俊徳丸の梅枝は、序幕を含めこの若者の悲運をよく演じていると思う。あたふたとなりそうなところを発散しないようにまとめている。
そこにこれまた俊徳を捜索していた次郎丸の狼藉があって、先に書いた合邦の働きで池に。
姫は、合邦のひいていた車に俊徳丸を乗せて、渾身の力でひく。小栗判官の見立てである。
このなかなか引けないというあたりの描写はよくできていた。右近...岡村研祐のほう、まぎらわしいから早く別の襲名するといいと思う。

そして、いつもの庵室になる。
以前に菊五郎の濃いのを見てるので、前半薄味でわかりにくいと思った。
あちらからも惚れてもらうつもり、のあたりなど突然にやーとして不気味な感じ。
ほかも、何をやっているかよくわからない。奴入平とのやりとりのあたりで、ようやく芝居風になってくる。
刺された後はまあまあである。ここに全ての芝居が集中しており、一気に展開する。最期は母らしい、あたたかく満足げな表情で死んでいた。
菊五郎のときはむしろ、無になって清らかな真っ白な印象を受けた。


菊之助は「今月は」という。トークの中で、何度もその言葉を強調した。
前回がある。前回は團菊祭で庵室のみを演じている。
そのときは、娘から、恋する女、母と変化する様、特に恋を意識したという。
「今月は」序幕からあり、先に書いた「想像でしかなかった」、毒酒の場面があり、実際に高安の殿様も出てくる。後室である自分の立場やお家騒動を意識せざるを得ない。
しかし、中井が、自分になぞらえると本当に相手の方が応えてしまったらということを考えると怖い、というと、菊之助は「今月は」という限定付きで(その先へ)「いってしまいたい」気持ちが強いのだという。
今月は、には、「また変わるでしょうけど」という意味も含まれている。
菊之助はこの本を「意地が悪い」といった。お家大事なのか本当に恋なのか、考えているうちに「ループする」のだそうだ。

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このページは、junjunが2010年12月19日 23:00に書いたブログ記事です。

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